2017年6月28日水曜日

雷おこしプロジェクト 学生によるブレーンストーミングとその支援

本日は「雷おこしプロジェクト」参加学生によるブレーンストーミング。

私からの支援は以下の通り。

・広報体制の確立(コンテンツ作成の手法とメディア選択)

・OEMの強み

・Web販売を通じた独自ブランドの確立

・「足立」「下町」と商品イメージ

・パッケージの検討

・味の検討

・地域を巻き込むために

自由に物語りながら進められてようで、そのプロセスや暫定的なまとめをみると、社長をはじめ、区役所行政や地元金融機関の皆さんの熱意がしっかり伝わったようです。彼らが自分自身を育てる環境を整えてあげることが次なる私の使命です。

その個別のメニューを確定させるために、これから学生へのヒアリングを始めようと思います。研究の多方向性をネガティヴに捉えられることがありますが、学生のキャリア開発に向かうとき、いろいろなことに手を出しておいて良かったなと思うことの方が多いですね。

まちづくりを支えるのはひとですから。
ひとをどのように育てるのかはまちづくりにおいて最も根本的な課題なのだと思います。

2017年6月26日月曜日

雷おこしプロジェクト 続報

本日は、雷おこしプロジェクトの会合に、未来大の学生が初参加。

「あぁ、若いなあ!」と唸ってしまうような斬新な視点、発想を披瀝してくれました。これについては、社長、金融機関及び足立区の職員の皆さんも同じ思いを抱いていただけたと思います。

その後、工場見学及び見学後の認識の共有。
社長の雷おこしへの思いの共有。
雷おこしといえば浅草ですが、浅草の仲見世で売られているおよその雷おこしが足立でつくられていること、皆さんご存じでしたか?

僕もこの地域課題に対するこれまでの構想の修正、また新たな発想を得ることができました。雷おこしで「未来おこし」。

有意義な会合のあとは、八王子まで高校訪問へ。
訪問先の高校では足立区内にお住まいだった先生がいらっしゃり、これまた良い出会いがありました。楽しんでいます。



2017年6月23日金曜日

沖縄 慰霊の日

沖縄において日本軍の組織的戦闘が終わった日。平和が訪れた日ではありません。

地獄は1945年の今日から始まったともいえるのです。

軍崩壊により、南に逃げた人々は米軍に追い詰められ、ひめゆり学徒をはじめとするさまざまに悲劇として語られる惨状が。

軍は最終的には民衆を守らなかった、いえ守れなかった。沖縄で多く語り継がれていることです。その組織原理から、軍は軍を守るもの。そしてなによりも、軍人だって人間ですからね。

今日も忙しい日ですが、暫し瞑目して第二の故郷ウチナーに祈りを捧げます。



渋川で市民ゼミやります!

地域活動の拠点としての渋川市公民館の現状分析と今後のあり方について、昨年2月末に調査報告と提言をまとめたのですが、提言内容を実践へと進めます。

永田町、霞ヶ関がどうであれ、我が目前にあるのはコミュニティ。
これを強靱なものに仕上げることからすべては始まると考えています。持続可能な開発という理念にのせて、コミュニティの多世代共創を推進します。まず、私とゼミ生(大学生)と高校生。

最も公民館活動や地域活動に出てこない世代と遊びながら、渋川から日本や世界を展望して自分の未来を考えることをやってみます。

J.デューイのシカゴ実験学校(Dewey School)のように。
請う、ご期待! 



2017年6月17日土曜日

NPOとの恊働

私の研究室出身の院生がお世話になっているNPO法人にご挨拶に伺い、職員の方々と懇談して参りました。

問題意識は鮮明で、多岐にわたっての話題がありましたが、諸問題の根底にあるのは多世代交流の欠如です。これは渋川での調査でも明らかになっていることなのですが、中高部活による拘束、大学進学、遠隔地における生産従事が主要因です。

ひっくり返せば、中高の教育課程での地域活動への参加、早大が始める「新思考入試」のような地域重視の人材育成、テレワークなど在宅勤務の普及などにより、事態は好転へと向かう・・・かもしれませんが・・・あのような政府には期待できないので、目前にあるコミュニティと地道に向き合い、つながりの中での解を育てていくしかないでしょうということで、NPOとの恊働が始まります。

群馬への恩義は忘れられないな
と夕陽を背中にしまいこむ群馬の山々をあとに高崎駅へ。
わずかばかり国定忠次の気分で。


2017年6月15日木曜日

共謀罪成立を受けて

政治的亡命ができる祖国となりにけるかも。

希望の種が学生に蒔かれました

本日は講義にきぼうのたねカンパニー株式会社代表の菅野氏を外部講師としてお招きし、農業を通じたコミュニティ・ビジネスの現場と社会教育実践についてお話しいただきました。また、原発事故後の福島で農業を営み続けることの意義についても。

180分間の講義なのですが、私はファシリテーターとして、対話者としての役割を果たしながら、徐々に菅野氏と学生との直接的な対話へと導き、大変密度の濃い講義となりました。菅野氏からも「ここの大学はすごい」とのお褒めの言葉を頂戴しましたが、これはつながりを求めて貪欲に食らいついていった学生に対する最大の賛辞と解釈いたしました。

今後、農業は植物工場における生産とどのように併存していくかが課題となるような気がします。自然の土、水、空気による農産物の生産こそ私たちが求めるものですが、一方で植物工場が普及・発展すると、栄養価において、また衛生管理において、どちらの方が合理的か効率的かが問われ、工場栽培に軍配が上がることも考えなければならないでしょう。あるいは、都会の子が虫を怖がって触れなくなるように、いつしか土すらも「汚い」と感じるようになってしまい、工場的な生産による農産物を志向するようになったら、食に対するリアリズムが全く喪失してしまいかねないような気がします。こうした懸念は社会教育としての土や水とのふれあいを幼少期の早い段階から行えば克服できるような気がしますが、一方で保護者がいつしかそれを危険視する時代が来るのではないかとも危惧します。

こうしたさまざまな面で最前線に立っている菅野氏のありかたに学生は大いに共鳴したのでしょう。つながりを得るべく、講義終了後には名刺交換を求める学生が行列に。

私もこのつながりを大切にするべく、来年度は学生を引き連れて二本松へお伺いすることになりそうです。