一方で、どれだけ深く関わり合っても疎遠になることもあり、無常を感じることもあります。
「ご縁」は「縁起」に連なり、「無常」は「空」につながるのでしょうが、以前、仏教思想における縁起と空について書きまとめたものがあるので、自戒と備忘のために以下に書き残しておこうと思います。仏教をヒントにされたい方はご自由にお使いください。コロナ禍により答のないタスクが増え、仏教の叡智を参考にすることが増えました。
○縁起について
縁起とは、サンスクリット語で「プラティートゥヤ・サムウトパーダpratitya-samutpada」という。
仏陀釈迦牟尼が悟りを開かれ、初転法輪のなかでも述べられた原始仏教の中心思想であり、現代の仏教にも継承されている仏教の根本思想と述べても過言ではない。仏陀は苦からの解放を目指して修行されたが、さまざまな修行の果てに行き着いたのが、苦には原因があり、それに縁って起こるということだった。この縁起思想は、四諦、つまり苦諦(生老病死すべては苦しみであり)・集諦(苦は煩悩から生じるものであり)・滅諦(煩悩を消せば苦は滅し)・道諦(正しい修行法は八正道)などに展開してゆく。
縁起思想は、その内容を説明するのによく用いられる表現であるが、端的に述べると、「これあればかれあり、これ生ずればかれ生ず、これなければかれなし、これ滅すればかれ滅す」というものである。ただし、この縁起という仏教の根本思想は、仏教が仏陀によって教え説かれた初期の時代と、後世、現代の教義でその意味や内容は著しい変化を来しているように思われる。
まず、初期の時代の縁起思想は十二縁起にまとめられるだろう。すなわち、「無明によって行がある。行によって識がある。識によって名色がある。名色によって六処がある。六処によって蝕がある。蝕によって受がある。受によって愛がある。愛によって取がある。取によって有がある。有によって生がある。生によって老死、愁、悲、苦、憂、悩が生じる」というように。これは『雑阿含経』一二に見られるが、無明つまり無知によって、心が動き(行)、意識が活動し(識)、心が見聞きするものに、名と形がともない(名色)、眼・耳・鼻・舌・身・意の感覚器官(六処)によって、対象に触れ感じ取り(蝕)、感受し(受)、それぞれに愛欲が生じ(愛)、心に執着が生まれ(取)、⑩生存があり(有)、人生が繰り広げられ(生)、やがて老死に至るのだが、そのなかでさまざまな迷いのもと、すなわち、愁、悲、苦、憂、悩が生じるのだ。これは発生の順観という。
しかしながら、これを逆に考えたらどうか。仏陀はそのことに気づき、教えの中心に据えたといってよいだろう。というのは、四門出遊で描写されるように、王子であった仏陀が恐れをなした老死を超えるには、無明を滅することによって、行が滅し、識も、名色も、六入もそれぞれ滅していって、ついには老死も滅するという考えに行き着いた。この過程を逆観という。
こうした縁起思想は、人の心と生命が、無の存在から次第に感覚器官の活動により生命となって人生が展開、やがては、老、死に至る人間の生存を説明し、同時に、そのような煩悩の動きに迷わされないための方法が示され、実践する修行の方法の確立へと大きく進んだと評価してよいだろう。部派仏教では、その最大の部派となった説一切有部(サルヴァースティ・ヴァーディン学派)において、業の説が加わり、この十二支を人間の過去、未来、現在の三世に渡るものとしてそれぞれに配分した上で、時間的な生起を中心に縁起説を解し、三世両重因果説をたてた。
後代になると、迷いの世界の説明より、世界と心の問題として、思想的、哲学的に深く説明されるようになり、種々の縁起説が展開し、日本では民衆、社会に大きな影響を与え、縁起の心と一々自覚されてはいないが、現在に至っている。
まず、部派の諸説に異論を唱えて大乗仏教運動がおこり、とくにその最初に登場した『般若経群の一切皆空説は、2〜3世紀に活躍した龍樹(ナーガールジュナ)によって、「縁起・無自性・空」というように縁起説と密接に結びつけられて思想的な深まりを表した。これはすなわち、一切の事象はそれぞれ他のものを縁としてわれわれの前に現れているのであって、しかも各々が相互に依存しあい、その相互依存の関係も相互に肯定的であったり否定的(矛盾的)であったりしており、いかなる事象もそれ自体が実体を有するものではなく、仮のものとして認められるにすぎないとした。
そのあと、中期大乗仏教の一つに、あらゆる諸現象はわれわれの心の働きにほかならないとする唯識(ゆいしき)説があり、ここでは、その心による認識、心そのものについての詳しい分析を果たす過程のなかに縁起説を取り入れる。すなわち、外界との縁起の関係のうえに活動する心に眼耳鼻舌身意の六識をあげ、それを統括する自我意識を末那識(まなしき)といい、さらにそれをも包んでいっさいをしまい込んでおく阿頼耶識(あらやしき)をたてる。一方、この識から縁起の関係を通じて、いかにしていっさいが現象するか、また悟りに導かれるかが詳しく検討されている。
また、中期大乗仏教としては他に、人が悟りを開く素質を有しているとして、如来蔵または仏性をたて、それは本来清浄なる心(自性清浄心)に基づくとする(如来蔵縁起)、法性、真如などの説も唱えられた。
たとえば、三論の真俗二諦の縁起説、天台の空―仮―中の三諦に基づく縁起説などがあるが、特に華厳宗で説く法界縁起という考え方は、華厳宗のみに留まることなく、広く影響を与えたと言われている。法界縁起は、①事法界(事物観)、②理法界(真理の立場で観る)、③理事無礙法界(真理も事物も事・理不二の真理と観る)、④事事無礙法界(諦観すれば事物、それぞれ、そのままで相即、相互に関連しあうと観る)という四種に示されている。この法界縁起は、奈良時代、特に聖武天皇によって鎮護国家の政策にも影響を与えた。つまり、盧舎那仏が国の政治の中央である平城京にあって国全体に慈悲の光明を放って守護するという考えにより、東大寺に盧舎那仏の大仏が安置され、全国に置かれた国分寺・国分尼寺によって法界縁起の教えが全国に広められた。また、平安時代になると、真言宗で、全世界、全身を、地・水・火・風・空・識から成り立つ、とする縁起説が唱えられている。
☆空について
空はサンスクリット語で「シューニャ(śūnya)、あるいはシューニャター(śūnyatā)」という。
空とは、一切皆苦、つまりすべての存在には実体(自性)がないことをいい、縁起思想と同じく、仏教の根本思想である。
先述の通り、仏教ではすべての事象が因縁によって生起していることを意味する縁起を説くが、この因縁によって生起しているということは、一切は他に依って存在し、それ自身で生起して存在してはいないということでもある。それゆえに、すべての事象は、不滅の独立して生起した実体はないのであって、したがって空ということになる。つまり、縁起によって生じた事象には実体がなく(無自性)、実体がないから空ということになり、「縁起→無自性→空」とその関係を表すことができる。空とは縁起の法を別な視点から解釈した思想ということもできるだろう。
この空思想は初期経典である『スッタニパータ』などでも説かれていたようだが、その記述は少なく、思想的な深まりというには未発であり、大乗仏教の時代になってようやく強調され、思想的・理論的な深化を見せたと評価されている。たとえば『般若経』等が空思想を強調するようになったことを一例として挙げることができるだろう。『般若経』で強調されるようになった空思想は、龍樹(ナーガールジュナ)がさらに哲学的に考究し、主著『中論』で「我等は縁起せるものを空と説く。それは仮説であり、また中道」と述べているが、龍樹は「無自性空」から「中」もしくは「中道」もほぼ同義語として扱い、仏陀が提唱した中道への回帰を説いている。この「空・仮・中」は、その後、天台宗教義の「三諦」として理論化が進んだ。