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2020年1月1日水曜日

迎春2020

新年となりました。
この研究室ブログをご覧いただいている皆さまにとって良いお年となるよう祈念しております。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

除夜の鐘が尽きるのも待たずに飛び込んできたのは、前任校時代に親交のあった中国からの留学生のメッセージでした。学部卒業後は進学を希望していたので、行く先を心配していたのですが、努力家のこの学生は、苦難の道を切り開いて国立大学へと進学し、この春から日本企業で就職することになりました・・・という近況報告を含めての新年のご挨拶でした。

縁起だな、と思うのです。

昨年末の台湾の学会を終えて、改めて自分の中国語の力を高めたいと思っていた矢先でした。琉球・沖縄研究からその先を考え続けて、台湾へ行き、東南アジアとの接点が見えると同時に客家とのつながりも視界に入ってきているのです。

世界のつながりを感じさせる出来事でした。新たな世界への扉は、別のステージに用意されているのではなく、このステージにおいて足場を固めて自ら創っていくものであることを確信できる、意義あるメッセージ、特定の個人からではなく天が与えてくれたメッセージのように感じています。

Kさん、メッセージをありがとう。
新しい年を迎えて、あらためて人のつながりの妙を噛みしめております。

この学生ホールでよく勉強している努力家の学生でした

2019年7月6日土曜日

一筆入魂・教職教養テキストの初校を仕上げました

皆さん、こんばんは。
今日の東京地方は雨が予想されていたので、長い傘を持って出かけたのですが、見事に肩すかしを食わされました。折りたたみ傘でよかったなと思いながらの帰り道です。

さて、ここ数年、編著者として携わっている教員採用試験・教職教養テキストがあるのですが、本日、今年度の改訂分の初校を戻して、一安堵。

まだ二校がありますが、順調に推移すれば8月末には発刊です。

喋ったり、書いたり、表現に没入する日々です。ゆっくり寝たいところですが、まず寝ている時間がない。
また、寝ようと思ってベッドにいくと、たまちゃん(猫)が寝ていて下僕(私)は床に寝る始末。まあいいんですけど。疲れは取れないですねー

陽だまりの中のたまちゃん

教壇に立つようになって幾歳月。
最近、思い立ってチョークホルダーを買いました。何でもっと早く使わなかったのかを考えてみると、かつてよりも教壇周りの電子機器が多くなっていることに気づきました。iPadにiPhone、教室環境を整えるためのコンソールボックス…チョークの着いた指で扱いたくないんですよねってことで、最近はこれを使って板書に一筆入魂しています。

そのままチョークを入れると滑って引っ込んでいっちゃう
中に布テープを貼り付けると快適に書ける

僕の講義を受けた皆さんは上の画像の板書文字が懐かしいのではないでしょうか。若いときとあまり変わっていませんよ。そろそろ講義の芸風も変えたいなと思う今日この頃です。

それでは皆さん、よい週末をお過ごしください。
“Let it be”を聴きながら

2019年7月1日月曜日

本を買う青年

公務員志望の学生から「本を買いましたよ」とメッセージをもらいました。

その本というのが、会ったときに会話に上った言葉を膨らませる内容。
具体的には、P.ブルデューの文化資本という言葉なのですが、彼が買ったというのは社会学そして哲学に関するレファレンス系の書籍でした。

僕の言葉を確かに受け取ったこと、そしてそれに対する強い関心を示していることを「本を買った」という表現で伝えてきてくれたのですが、最近これほど嬉しいことはなかったですね。

硬くて、論理を愛し、自分の原理原則を大切に生きているその様は、まるで若き日の僕を見るようでなんとなく面映ゆいのですが。

あの頃。
ジャズあるいはR&B、バーボンに煙草、いつもの酒場、おばちゃん、おねえちゃん、おにいちゃんがいて、そこで本を開き、友達と明け方まで議論し続けた当時。大隈講堂前で寝転びながら、あるいは生協前で川の字に寝ながら、始発を待ったあの頃。バカだったな。でも当時の早稲田はいかにバカであるかを競うようなところがあって、「秀才みたいなことは東大がやるから」という学風が漲っていました。「在野精神」という言葉もまだ脈々と生きていて、雑草であることが自分たちの宿命のように感じていたことも。

振り返れば直ぐそこにあるような気がするのに、もう数十年前の出来事。

さて、この「本を買った青年」のように、あるいはあの頃の学生時代のように、僕は貪欲に知識を吸収しようとしているだろうか。すでに持っているものを運用し、組み立て直すだけのつまらない人生になっていないだろうか。

若さと向き合うとは、こうした自問自答を含めて、自らの惰性に鞭を入れることでもあると思うのです。

おきにいりのカフェ@博多

2019年6月28日金曜日

会って得るもの過ごして得るもの in 福岡

福岡へのフィールドワークは8月以来4回目。

来るたびにいいまちだなと思います。まちのスケール感や機能は東京とほとんど変わらないのに、人口の規模が適切で、まちに人があふれないという…

たとえば、歩行者用道路。
東京では他の歩行者の邪魔になってしまうような、カップルが手をつないで歩くことも楽々できるようなゆとりが福岡にはありますね。

さて、九州大学伊都キャンパスで活動する日本語教室で、若い世代とともに、ご挨拶と聞き取り、活動状況を拝見しましたが、これが共著書にとりまとめる最後の内容になりましょう。充実の思いとともに、くれなずむ伊都キャンパスをあとに。

伊都キャンパス内


今回は福岡県の東南アジア、とりわけタイへの熱視線を確認する調査で、県庁にて存分にそれを確認できました。商工部新事業支援課ではことのほか親切にインタビューに答えていただき、福岡県のバンコク事務所への足がかりを得ることができました。詳細はバンコク事務所で聞いた方がよいと。

福岡県庁

東公園内から県庁を見守る亀山上皇
元寇時に元軍の覆滅・降伏を祈った

また、福岡市よかトピアにも来訪し、留学生に関わる事業の状況について、昨年とは異なる角度で(昨年のインタビュアーは同僚教員)お話を伺うことができました。特に、ミャンマーとマレーシアの状況について。

いずれも共著書に反映できることができ、かつその先にある内容でした。
帰り道、中洲川端駅までの道筋をたどっていたら、わんこが気持ちよさそうに寝ていました。福岡県の都心にあってのどかな時間が流れていましたよ。

川端の商店街は、博多祇園山笠が7月1日に迫っているということもあって、法被に身を固めた町衆が三々五々往来していました。

寝そべるわんこ

想い出し、促されて櫛田神社に。

昨年、先輩教員たちと調査に来たときに共著の成功を祈って願掛けをしたのです。そのことを改めてお願いに。あわせてこれからのご縁をもお願いに。

櫛田神社境内 紫の花弁が涼しげに

福岡・博多を代表するまつり・博多祇園山笠の直前で、境内には舞台が組まれ、この熱がまちに溢れ出ているように感じました博多に縁深き神社ですからね。

よいひとにめぐり会うことができれば、よい調査旅行になるのは当たり前なのですが、それでも、その方のお心とわが心が「直ぐ」でなければ響き合えないものです。言葉を交わし、目を見つめ、全身から発される何かを得るためにお目にかかりに伺っています。メールや電話じゃだめなんです。その方を拝見し、僕を見てもらわなければ。

フィールドワークでお目にかかることの意義は、人格の相互理解、その時間と空間の(想い出も含めての)共有なのだと思います。人は何を語らずとも情報を発信しています。言葉と合わせて五感でその人を感じ取り、その人を理解することが肝要で、今回、福岡で確かな感触を得ることができたように思います。

それを積み重ね、縦横に織り込みながら、ひととのつながりを確かなものにし、課題に対するこたえをさがしてゆく、それが僕のスタンスです。長期にわたる調査においてはもちろんですが、期間が短いなら短いなりに、僕はその濃度を大切にしたいと思っています。

効率的な研究遂行のためには省かれてしまう過程ですが、今後も自分の大切にする手法を守っていこうと思います。研究だけでなく、ひととの関わりにおいても同じことがいえますね。

LOVE & PEACE

2019年6月21日金曜日

添削を終える

深夜まで添削。


まあ仕方ないよね。と思いつつもこれは薄給に過ぎるなと嘆きを入れつつ。
愛用の文豪シリーズのスタンプ。いつでもどこでも朱入れのためのLUMMYのサファリ・イエロー。鮮烈な、そして色褪せないイエロー。リーズナブルな価格なので、何本も持っています。

Miles Davis 「死刑台のエレベーター」を聴きだすとちょうど丑三つ時。この時間のこの曲はどこかで地獄への扉が開くような感覚を覚えます。


書斎にいるふわふわはスヤスヤ寝ており、


カラスのように黒い子はごはんのおねだりかと思いきや「遊ぼうよ」でした。
最近、座り姿がとても美しい子になったと感じます。三車線道路の中央分離帯で車が行き交うなか大きな声で泣き喚いたところを保護した子です。

夜、こうして猫といると、作家が猫を愛するのがわかるような気がします。それは深更に及ぶ書き物にもかかわらず、遊んだり、遊んでもらったり、一緒に過ごしてくれる、そういう子たちだからです。その誠実さ。本人たちは微塵も意識していないでしょうけれど。

人の場合、たとえば、電話するよと言ってもしなかったり、一緒にと言っておきながらそうしなかったり、ロゴスを得たばかりに人は人に対する不信をいとも容易に撒き散らすことに。我が身を省みても。

さて、そうこうしているうちに添削を終えることができました。
この「死刑台のエレベーター」をすべて聴き終えたら寝ることにしましょう。

明日もHard Workが続きます。

でも、向こうに、長く続いたトンネルが果てるその光が見えてきています。

2019年6月11日火曜日

講義も後半戦

各講義、第8回を終えて後半に入りました。

でもまだ夏休みが見えないですね。。。はー

荒野を拓くようなFW(フィールドワーク)行きてえという気持ちは入道雲

鬱陶しい梅雨空が続いている東京下町です

なんだかんだでランドマークになってるウチの大学の時計塔
出よ!太陽 請う!ピーカン

2019年5月14日火曜日

自分に関心を抱かない者を愛せるだろうか

人は、自らに関心を持つ者に、相応の、あるいはそれ以上の関心を示し、相互行為interaction)のなかで愛情を育み合う。ゼミなどの人間関係においても。

ここ数日間ではありますが、多くの学生が互いの「行為」への関心を示し合って「価値」を創造できました。学祭パンフのデザインです。


篠原製菓さんとの協働・協創ももう3年。社長さんに学生を鍛えてもらいながら、アクティブ・ラーニングの機会として今回の出店を捉えています。最初はフォーメーションもマネジメントもギクシャクしていたね。でも、励まし励まし、誰も「無関心」を示さなかったことが幸いでした。

相互行為において忌避すべきは無関心です。
関心は持っているけれど、伝えにくくて・・・というならば、そのスキルを磨かなければならないでしょうし、あえて伝えようとしない「思い」は相手に失意を覚えさせ、その心を傷つけるかも知れないことを悟るべきでしょう。一方的な行為を要求することはもちろんのこと。

滑り出したばかりの人間関係において留意すべきは時間と空間の近接性を保ちながらコミュニケーションを増やすことです。SNSという手段も上手に駆使してね。

そんなこんなで、今回、4月中旬から始まったうちのゼミは最初の山を越えたような気がします。声を掛け合う、気にし合う、一日の中で相手を想う時間を取る・・・そうした学生の活動を垣間見た数日間でした。素晴らしいな、私個人もそうありたいと願いつつ、徒然なるままに思いを書き連ねてみました。

学祭、成功するよう祈ってます!

2019年5月7日火曜日

喉が痛い

職業病と言っていいでしょう。
風邪を引き、喉をやられ、講義によって悪化し、長引く。。。

喋らないでいかに講義を組み立てるか。
まあそれも考えますけれど、学生を前にすると喋っちゃうんだなあ、これが。
下手なギャグまで飛ばして、90分。

で、後悔。

明日は会議日なのでなるべく沈黙を守ろうと思います。

でも、こういう日に限って、同僚かつ同門のK先生が「カレーでも食べに行きませんか」と研究室のドアを開けそうで怖い。。。

行っちゃうんだ、これが。


新緑の美しい季節になりました

2019年4月5日金曜日

春学期の講義が始まりました

キャンパスは一気に芽吹いた木々のように。
研究室にゼミ生を迎える支度をし始めました。

知ったこと、考えたこと、それを次の世代に伝える。
ただこつこつと。

母校近くの定食屋にて

明日の支度をしていたら、なんだかもう帰るのが面倒になりました。
研究室で寝たり泊まったりが当前だった理工のキャンパスにこの前立ち寄ったからかな。とても懐かしかったです。

2019年3月21日木曜日

邂逅

今日は法事。

いつものように菩提寺の最寄り駅でタクシーを待っていると、ほど近いところで立ち止まり、私を見ている青年が。

「先生!」と。
上武大学森下研究室3代目ゼミ長の懐かしい声でした。しかし、彼は今、群馬の県北にいるはずでは?

「どうしてこんなところに?」
「いや、いま上京して修行中なんですよ」
「そうか。でも、よく僕を見つけられたね」
「いえ、後ろ姿がよく似ているなと・・・」

教員はよく見られているもんだなとつくづく思います。

以前も、マスクをして帽子を目深にかぶって顔など全然わからない状態であるにもかかわらず、「先生!」と。5年ぶりに会った教え子でした。

そのときも法事でしたが、幼くして天へ昇ってしまった魂が、忘れてしまいそうな過去の大切な縁を保たせる機会をこうして与えてくれているような気がしてなりません。

3代目ゼミ長とのつながりはこうして東京で再開するのでした。
群馬から数えて5代目となる世代がこの4月から研究室に入ってきます。群馬と東京、いつかこの若い世代をつなげてみたいと思います。

あの頃

2018年10月3日水曜日

小さな台風

研究室には、たくさん、そしていろいろな方が来訪していただいています。足をお運びいただいて、私や学生にさまざまな刺激を与えていただく機会を頂戴し、日々感謝しております。

最近多い来訪者が、他大の学生あるいはかつての教え子なのですが、歓迎しています。専門科目に関する意見を求められたり、キャリア・カウンセリングだったり、地域活動へのアドバイスだったりと内容はさまざまなのですが、ゼミの延長線上にあるようで楽しいものです。

最近の学生は研究室やゼミの本義をわきまえていないこともあり、ゲンナリすることが多々ありますが、こうした英気を携えてきてくれる若い世代を相手にすると心が躍ります。

ゼミの学生と一体となって、研究室の単位でフィールドワークに励んだ群馬の時代がとても懐かしく想い出されます。いま、その研究成果の一部を学会への投稿論文と発表に向けて準備しているのですが、なにかを思い出す度にSNSで最近どうしている?とメッセージを放ちつつキーボードを叩いています。

一昨日は台風一過の後、どうしても一つの地域に関わって生きていきたいと願う学生がやってきて、にぎやかに話すだけ話して去って行きました。まるで小さな台風のように。私にとっては恩師筋の研究室に在籍する学生なので、最終的な判断は師匠にお任せするべく、そのお膳立てとなるささやかなお話(キャリア・カウンセリング)だったのですが、エネルギーを満々と湛えているその学生は、沖縄に旅して沖縄に恋し、前期講義が始まっているのに帰ってこなかったかつての私のようでした。学部事務所の事務長に電話口でドヤされて仕方なく帰ってきましたが。

後年、その事務長とは学生街の縄のれんの店で再会し、ボーナスが出たから遠慮するなとビールを10本ばかり奢ってもらいましたが、良い時代でした。

地域研究に必要なのは狂おしいほどの愛執だと思います。昨日研究室に来た学生はそれを持っていると感じ、感じたままを師匠にお伝えしたのですが、さてどうなるかな?

2018年8月15日水曜日

きけわだつみのこえ

本日は足立区内のフィールドワーク。
コミュニティ・ビジネスを手がけている方への聞き取り調査に。
往復の合間に『きけわだつみのこえ』を読みながら。

あの時代に在って、透徹した眼で状況を見極めていた若き理性があったことにあらためて驚きを覚えます。ちょうど今、在籍しているゼミ生たちの世代の手記。

彼らも「英霊」として祀られている靖国での8.15靖国コスプレ・パフォーマンス。はてさて、彼らはこれをどう眺めているのだろう。

なげけるか
いかれるか
はたもだせるか
きけはてしなきわだつみのこえ

2018年8月9日木曜日

翁長雄志・沖縄県知事のご逝去

翁長雄志・沖縄県知事のご冥福をお祈りいたします。

文字通り、命尽きるまで職務を全うされた勇気に敬服いたします。そして、私は私の持ち場で、沖縄に尽くそうと思います。

安室奈美恵さんの翁長さんへの追悼のお言葉は旅立たれる知事に添える一輪の花のような気がします。

2018年6月17日日曜日

今週末に迫る沖縄慰霊の日を迎えるにあたって

もう四半世紀以上前のことになります。

私の政治学研究科時代の研究テーマは、その当時でも随分古びたものになっていた、教育内容決定権者は誰なのかという論点を含んでいました。国家教育権説、国民教育権説、双方極端に過ぎ、その折衷として旭川学テ事件判決が位置づけられてきましたが、指導教授だった小林昭三先生からは「これからは共同体(コミュニティ)教育権説になるのでしょうね。あなたひとつその線で書いてみてごらんなさい。」とのお言葉をいただきました。

今はもう新しくなってしまいましたが、3号館の小林先生の研究室で紅茶を入れていただいて、ただひとり論文の指導を受けているときだったと思います。

修論は語るほどもない出来になってしまいましたが、現在の公教育の模様を眺めるとき、先生の慧眼に恐れ入るばかりです。国家だけでも、親・教師だけでもない、コミュニティ(「地域」と言い換えた方がよいかな)が公教育をバックアップするという今を四半世紀前に視ていらっしゃったとは。

先生からいただいたコミュニティの語。
政治学的に、都市計画学的に、社会学的に、さまざまな手法でコミュニティにアプローチしてきましたが、私の人生は小林先生のあの一言によって方向づけられたのだと思います。

また、私のコミュニティ研究に実証主義的な方法を取り入れることが出来たのは福島駿介先生のご指導あっての賜物です。フィールドは沖縄でした。10年余の間、私は沖縄本島の集落に全数調査をかけましたが、沖縄のコミュニティにある公共空間の多くが祈りの場を備えていることに気づき、それを追いかけてきました。今もなお。これからも。

本務校、そして足立区のご支援もあり、今年の沖縄慰霊の日にはこうした祈りの場についての知を共有するかたちでの祈りを捧げたいと思います。沖縄の数多くの聖地を調査しながら、調べたことを必ず多くの方に伝えますと、「騒がしいな」と思っていらっしゃるであろう神々に言い訳してきました。ちょっとやわらかいテーマ・内容なのですが、最後は慰霊の日にふさわしく「命どう宝(命こそ宝)」で〆としたいと考えています。


2018年5月24日木曜日

賑わいある研究室

昨日の研究室は賑やかで、さまざまな学生、そして協働する方々に訪れていただきました。

ゼミ、その余韻に浸りながら過ごす、雷おこしプロジェクトのスピンアウト企画、キャリア・カウンセリング、学生が集まってくる理由はそれぞれですが、いまの研究室は透明性が確保された居心地の良い空間です。

建築家・安藤忠雄氏の「住吉の長屋」のように、雨の日には傘が必要な研究室なのですが、空が気持ちよく見える環境なので気に入っています。


2018年2月3日土曜日

さらば上武

研究室の学生が細々と書いていたブログが2018年2月1日をもって止まりました。

ゼミ長が素晴らしい言葉を綴ってくれていました。
曰く「この更新を持って上武大学森下研究室としての活動を閉幕とさせていただきます。
と言っても森下研究室自体は東京で活動が続きます。私達の新たな後輩達が森下研究室のその根幹を引き継いでくれることと思います。」


私は群馬で本当によい学生に恵まれました。彼らとのコミュニケーションで蓄積したことをこれからの研究室活動に活かしていく所存です。

さて、身だけでなく心も、前任校から現本務校に本格的に引越ですが、群馬には今後も関わり続けさせていただければと思っています。

新町、高崎、渋川、沼田、下仁田
そしてこれからの桐生、太田、伊勢崎など、関わり続けたいひととまち、そしてその未来があります。

下の画像は渋川市中央公民館のイベントで作ったステッカー、今もスマホに貼ってあります。見るたびに次に何をやろうかと企んでいます笑



私自身はまだ続ける気持ちはありましたが、さらば上武。
ありがとうございました。



2018年1月1日月曜日

迎春2018

新しい年を迎えました。

皆さま今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

今年はゼミが群馬から東京に引っ越します。大学が変わっても、まちづくりなどに参画して地域に根ざしながら学生の(公共)キャリアを開発する研究室の方針は変わりませんので、これまで同様ご愛顧くださいますよう、よろしくお願い申し上げます。

今年は、私の建築外部空間研究、なかでも公共空間研究の原点である沖縄での調査・研究を深めたいと思います。

また、渋川市公民館との協働の継続を図ります。公共空間を構成する公民館は協働実践の場として極めて重要です。

そして、東京下町です。すでに進行しているプロジェクトもありますが、それ以外にもコミュニティ研究の対象をいくつか絞り込んでいます。また、他の研究者との共同研究も予定しています。

これに加えて、キャリア研究が新年早々から大きく進みます。ゼミ生をはじめ、関わりあるすべて学生の将来設計に自信をもって関わることができるためにも。

皆さん、ともに力を合わせて人類史を前に推し進めましょう。

2017年11月25日土曜日

エンジのネクタイ

アイコンをエンジのネクタイに変えました。
このネクタイには格別な思い入れがあります。

餞別として非常勤先の教え子たちが贈ってくれたもので、渡されたときに「言葉」も贈ってくれました。

曰く「先生はクールに振る舞っているけれど、ほんとうは熱い人だってことわかってる。この燃える色のネクタイを締めて後輩を指導してやってくれ」と。

先日、その大学での講義があり、ちょっとした雑談で「俺も年をとったなあ、気づかぬうちに情熱が落ちてきてしまっているかも知れないね」というと、「いや、全然熱いです」との返答が笑 

マッキー、まだ熱いってさ。

そう評価されているうちはまだ続けようと思うのですが、世阿弥曰く
「このころよりは、おおかたせぬならでは手立てあるまじ。麒麟も老いては駑馬に劣ると申すことあり。さりながら、まことに得たらん能者ならば物数は皆みな失せて、善悪見どころは少なしとも花はのこるべし」

さてこれをどう解釈するべきか。

不得要領ではありましたが今年最後の学会発表が終わり、束の間の休息を得られる週末です。初めて参加する学会であったにもかかわらず、温かく迎えていただいた皆さまに感謝しつつ。

柳瀬川の彼方に富士山の見える良き日でした。