沖縄戦で斃れたすべての御霊のご冥福をお祈りいたします。
沖縄におけるコミュニティ研究で、中南部集落における一家全滅率の高さ(南に行けば行くほど)に驚いたことがあります。
軍はほんとうに民衆を守るのか。
僕の中に根本的な疑問が芽生えていったのはその頃のことです。
6月23日は旧日本軍が組織的な戦闘を終えた日に過ぎず(牛島司令官の自決)、それとは別に、首里から潰走して南下する過程でさまざまな悲劇が生じたことは多くの記録の示すところです。降伏文書の署名は9月7日ですから、その間に起きたことも含めなければならないということで、慰霊の日を6月23日することについては異論も提起されています。このことは銘記するべきでしょう。
教科書やプロパガンダが沖縄戦の実相を歪めたとしても、長寿県沖縄ではおじい・おばあから口伝で直接聞けるんですね。
あのとき、どうだったのかと。
フィールドワークで調査対象についてインタビューをしていても、ヤマトンチュ(内地人)に対して溢れる思いがあるのでしょうね、いつしか話は沖縄戦に及ぶことがほとんどでした。子や孫にも多くのことが伝えられているでしょう。
そうした人びとの衆人環視の中で内閣総理大臣は言葉を発するわけですが…
命(ぬち)どぅ宝<命こそ宝> この言葉の重みを知れ
沖縄で鍛えられたコミュニティにおける公共空間の調査・研究手法。これを、群馬、そして足立区をはじめとする東京の下町に応用しながら、学生とともに。おもにその活動を記録していきます。
2019年6月23日日曜日
2019年6月17日月曜日
SGEMへのAbstract投稿を終えました
さてさて、いつも自転車操業。
あるいはマグロな人生。ゴロッと市場に横たわるマグロのように寝ているだけか、泳ぎ続けていないと死んでしまうのか、double meaning
〆切当日にエントリなんて朝飯前。というより、よくやるよっていう感じです。
SGEMは通称でありまして、正しくは“International Multidisciplinary Scientific Conference on SOCIAL SCIENCES and ARTS SGEM2019”。社会科学と芸術なんて面白い組み合わせですよね。
でも、政治学と工学(建築計画学)を修めた僕にとっては願ってもない学会なんです。これ、大学時代の後輩にして先輩研究者が見つけてきてくれたのですが、なんとも意義深いということでエントリしました。
さて、東欧の地に降り立つことができるのか、まだフルペーパーの提出が残っているのでなんともいえませんが、やれるだけのことはしてみようと思います。
あるいはマグロな人生。ゴロッと市場に横たわるマグロのように寝ているだけか、泳ぎ続けていないと死んでしまうのか、double meaning
〆切当日にエントリなんて朝飯前。というより、よくやるよっていう感じです。
SGEMは通称でありまして、正しくは“International Multidisciplinary Scientific Conference on SOCIAL SCIENCES and ARTS SGEM2019”。社会科学と芸術なんて面白い組み合わせですよね。
でも、政治学と工学(建築計画学)を修めた僕にとっては願ってもない学会なんです。これ、大学時代の後輩にして先輩研究者が見つけてきてくれたのですが、なんとも意義深いということでエントリしました。
さて、東欧の地に降り立つことができるのか、まだフルペーパーの提出が残っているのでなんともいえませんが、やれるだけのことはしてみようと思います。
風に揺れる緑の美しい爽やかな日でした。
2019年5月19日日曜日
京都を歩く 薫風のなか
本日は学会で同志社大学に。
キャンパスに足を踏み入れた途端にスピリットを感じさせる大学の1つだと思います。とても清澄な空気感。新島襄先生、あなたは偉大です。あなたの精神は百年を超えて生き続けている。若い世代がそれを受け継いでいる。大学とはこういうところです。なにか「永遠なるもの」に思いをはせるところ。それが大学だと思うのです。
良心館という校舎をお借りして、私は沖縄県大宜味村の神アサギの形態上の変化について報告してきました。前副学長、同僚教員に応援に来ていただき、本学のあたたかみを感じる学会参加でした。
私は沖縄研究をライフワークとする者ですが、このライフワークはこの学会において反映・貢献させていただこうと考えています。国頭、大宜味を終え、東村から名護市、本部町と今帰仁村、どちらに足を向けようか検討しています。
さて、四条河原町から同志社に行く道のり。
京都市役所を見物したり
キャンパスに足を踏み入れた途端にスピリットを感じさせる大学の1つだと思います。とても清澄な空気感。新島襄先生、あなたは偉大です。あなたの精神は百年を超えて生き続けている。若い世代がそれを受け継いでいる。大学とはこういうところです。なにか「永遠なるもの」に思いをはせるところ。それが大学だと思うのです。
良心館という校舎をお借りして、私は沖縄県大宜味村の神アサギの形態上の変化について報告してきました。前副学長、同僚教員に応援に来ていただき、本学のあたたかみを感じる学会参加でした。
私は沖縄研究をライフワークとする者ですが、このライフワークはこの学会において反映・貢献させていただこうと考えています。国頭、大宜味を終え、東村から名護市、本部町と今帰仁村、どちらに足を向けようか検討しています。
さて、四条河原町から同志社に行く道のり。
京都市役所を見物したり
島津製作所のファサードに感動したり
祭の準備をする人々を眺めたり
町家の風情を楽しんだり
(この奥行き感こそが京都の深みであり凄み)
御所わきを通って
青もみじを楽しんだり
していました。
これもフィールドワークを生業とする者にとっては必要な業務でありまして、決して遊んでいるわけではありませんよ。
発表後は、懇親会に出られなかったのは残念ですが、そのまま社会調査に直行。
もっとゆっくり時間を取りたかったのですが、2時間の枠の中での調査でした。以前から、会いたいと切望していた方だったので、会えて心の底から嬉しかったですね。数日来のイライラが解消されました。調査過程で癒やされる、思いの響き合う調査でした。
でも、不足感のあるインタビューだったので、これは継続調査案件。しばらく通うことになりそうです。
初夏に向かう京都を楽しんでいます。
2019年5月6日月曜日
沖縄への意志
先日来、石垣島出身の若い衆と出会う機会が複数あり、人生のいろいろなところで沖縄への導火線が仕掛けられていることを実感しています。
まさか、こんなところに。
島の人がいるとは!との思いでした。
こんなところで何やっているんだかという感じで、文献資料で確かめたことを「実際にはどうなの?」とヒアリングをおこない、確信を得ることができてなどなどなど。場違いながらも有意義なひとときでした。楽しめましたけどネ
夏に数年ぶりに石垣に帰るというその若い衆を追いかけるように、沖縄本島の南へと動き出します。嗚呼、琉球弧!そしてその先にある台湾、東南アジアへ。
まさか、こんなところに。
島の人がいるとは!との思いでした。
こんなところで何やっているんだかという感じで、文献資料で確かめたことを「実際にはどうなの?」とヒアリングをおこない、確信を得ることができてなどなどなど。場違いながらも有意義なひとときでした。楽しめましたけどネ
夏に数年ぶりに石垣に帰るというその若い衆を追いかけるように、沖縄本島の南へと動き出します。嗚呼、琉球弧!そしてその先にある台湾、東南アジアへ。
わが沖縄研究の原点 名護市庁舎
象設計集団の作品です
2019年5月1日水曜日
今秋、共著で教科書を出版します
先輩教員に誘われてコミュニティの多文化共生に関する共同研究を進行させています。
それぞれ専門とするところは異なるのですが、これがどのようにまとまるのか、楽しみです。それぞれ1章分が仕上がって回覧しているところです。私は沖縄のチャンプルー文化を媒介として多文化共生を阻むナショナリズムについて書きました。今後、大幅な調整も入るでしょうから、具体的なことはまだ明らかにできないのが残念です。
今日は令和の始まりの日。
私は書き物をしながら、また国内外のフィールドワークの計画を立てながら、一日を過ごしました。明日は研究室の学生と足立区内のフィールドワークです。学生にとってはコミュニティ・デザインの実践になります。
それぞれ専門とするところは異なるのですが、これがどのようにまとまるのか、楽しみです。それぞれ1章分が仕上がって回覧しているところです。私は沖縄のチャンプルー文化を媒介として多文化共生を阻むナショナリズムについて書きました。今後、大幅な調整も入るでしょうから、具体的なことはまだ明らかにできないのが残念です。
今日は令和の始まりの日。
私は書き物をしながら、また国内外のフィールドワークの計画を立てながら、一日を過ごしました。明日は研究室の学生と足立区内のフィールドワークです。学生にとってはコミュニティ・デザインの実践になります。
ミャンマーにいつ入るかを考えています
とりあえず祭に行くか
2018年8月9日木曜日
翁長雄志・沖縄県知事のご逝去
翁長雄志・沖縄県知事のご冥福をお祈りいたします。
文字通り、命尽きるまで職務を全うされた勇気に敬服いたします。そして、私は私の持ち場で、沖縄に尽くそうと思います。
安室奈美恵さんの翁長さんへの追悼のお言葉は旅立たれる知事に添える一輪の花のような気がします。
文字通り、命尽きるまで職務を全うされた勇気に敬服いたします。そして、私は私の持ち場で、沖縄に尽くそうと思います。
安室奈美恵さんの翁長さんへの追悼のお言葉は旅立たれる知事に添える一輪の花のような気がします。
2018年6月23日土曜日
沖縄慰霊の日
本学と足立区の共催で「観光コースからはずれてみる沖縄 シマの祈りと空間」というテーマでの公開講座を開催しました。
降りしきる雨の中をいらっしゃっていただいたすべての皆さまに厚く感謝申し上げます。
質疑応答で談論風発。終わりの時間をかなり越えても続きましたが、何回も質問していただいた沖縄ご出身のオジイ。他の方にはわからなかったかもしれませんが、私はイントネーションでわかりますよ。「琉音」ともいいます。
オジイが帰り際に「あぁ懐かしぃなぁ」と。
私もオジイの琉音が懐かしくて懐かしくて。
今日、沖縄は梅雨が明けたそうです。
さてフィールドワークの計画を立てなければなりません。今年からは研究室の学生とともに。
降りしきる雨の中をいらっしゃっていただいたすべての皆さまに厚く感謝申し上げます。
質疑応答で談論風発。終わりの時間をかなり越えても続きましたが、何回も質問していただいた沖縄ご出身のオジイ。他の方にはわからなかったかもしれませんが、私はイントネーションでわかりますよ。「琉音」ともいいます。
オジイが帰り際に「あぁ懐かしぃなぁ」と。
私もオジイの琉音が懐かしくて懐かしくて。
今日、沖縄は梅雨が明けたそうです。
さてフィールドワークの計画を立てなければなりません。今年からは研究室の学生とともに。
2018年6月17日日曜日
今週末に迫る沖縄慰霊の日を迎えるにあたって
もう四半世紀以上前のことになります。
私の政治学研究科時代の研究テーマは、その当時でも随分古びたものになっていた、教育内容決定権者は誰なのかという論点を含んでいました。国家教育権説、国民教育権説、双方極端に過ぎ、その折衷として旭川学テ事件判決が位置づけられてきましたが、指導教授だった小林昭三先生からは「これからは共同体(コミュニティ)教育権説になるのでしょうね。あなたひとつその線で書いてみてごらんなさい。」とのお言葉をいただきました。
今はもう新しくなってしまいましたが、3号館の小林先生の研究室で紅茶を入れていただいて、ただひとり論文の指導を受けているときだったと思います。
修論は語るほどもない出来になってしまいましたが、現在の公教育の模様を眺めるとき、先生の慧眼に恐れ入るばかりです。国家だけでも、親・教師だけでもない、コミュニティ(「地域」と言い換えた方がよいかな)が公教育をバックアップするという今を四半世紀前に視ていらっしゃったとは。
先生からいただいたコミュニティの語。
政治学的に、都市計画学的に、社会学的に、さまざまな手法でコミュニティにアプローチしてきましたが、私の人生は小林先生のあの一言によって方向づけられたのだと思います。
また、私のコミュニティ研究に実証主義的な方法を取り入れることが出来たのは福島駿介先生のご指導あっての賜物です。フィールドは沖縄でした。10年余の間、私は沖縄本島の集落に全数調査をかけましたが、沖縄のコミュニティにある公共空間の多くが祈りの場を備えていることに気づき、それを追いかけてきました。今もなお。これからも。
本務校、そして足立区のご支援もあり、今年の沖縄慰霊の日にはこうした祈りの場についての知を共有するかたちでの祈りを捧げたいと思います。沖縄の数多くの聖地を調査しながら、調べたことを必ず多くの方に伝えますと、「騒がしいな」と思っていらっしゃるであろう神々に言い訳してきました。ちょっとやわらかいテーマ・内容なのですが、最後は慰霊の日にふさわしく「命どう宝(命こそ宝)」で〆としたいと考えています。
私の政治学研究科時代の研究テーマは、その当時でも随分古びたものになっていた、教育内容決定権者は誰なのかという論点を含んでいました。国家教育権説、国民教育権説、双方極端に過ぎ、その折衷として旭川学テ事件判決が位置づけられてきましたが、指導教授だった小林昭三先生からは「これからは共同体(コミュニティ)教育権説になるのでしょうね。あなたひとつその線で書いてみてごらんなさい。」とのお言葉をいただきました。
今はもう新しくなってしまいましたが、3号館の小林先生の研究室で紅茶を入れていただいて、ただひとり論文の指導を受けているときだったと思います。
修論は語るほどもない出来になってしまいましたが、現在の公教育の模様を眺めるとき、先生の慧眼に恐れ入るばかりです。国家だけでも、親・教師だけでもない、コミュニティ(「地域」と言い換えた方がよいかな)が公教育をバックアップするという今を四半世紀前に視ていらっしゃったとは。
先生からいただいたコミュニティの語。
政治学的に、都市計画学的に、社会学的に、さまざまな手法でコミュニティにアプローチしてきましたが、私の人生は小林先生のあの一言によって方向づけられたのだと思います。
また、私のコミュニティ研究に実証主義的な方法を取り入れることが出来たのは福島駿介先生のご指導あっての賜物です。フィールドは沖縄でした。10年余の間、私は沖縄本島の集落に全数調査をかけましたが、沖縄のコミュニティにある公共空間の多くが祈りの場を備えていることに気づき、それを追いかけてきました。今もなお。これからも。
本務校、そして足立区のご支援もあり、今年の沖縄慰霊の日にはこうした祈りの場についての知を共有するかたちでの祈りを捧げたいと思います。沖縄の数多くの聖地を調査しながら、調べたことを必ず多くの方に伝えますと、「騒がしいな」と思っていらっしゃるであろう神々に言い訳してきました。ちょっとやわらかいテーマ・内容なのですが、最後は慰霊の日にふさわしく「命どう宝(命こそ宝)」で〆としたいと考えています。
2018年1月1日月曜日
迎春2018
新しい年を迎えました。
皆さま今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
今年はゼミが群馬から東京に引っ越します。大学が変わっても、まちづくりなどに参画して地域に根ざしながら学生の(公共)キャリアを開発する研究室の方針は変わりませんので、これまで同様ご愛顧くださいますよう、よろしくお願い申し上げます。
今年は、私の建築外部空間研究、なかでも公共空間研究の原点である沖縄での調査・研究を深めたいと思います。
また、渋川市公民館との協働の継続を図ります。公共空間を構成する公民館は協働実践の場として極めて重要です。
そして、東京下町です。すでに進行しているプロジェクトもありますが、それ以外にもコミュニティ研究の対象をいくつか絞り込んでいます。また、他の研究者との共同研究も予定しています。
これに加えて、キャリア研究が新年早々から大きく進みます。ゼミ生をはじめ、関わりあるすべて学生の将来設計に自信をもって関わることができるためにも。
皆さん、ともに力を合わせて人類史を前に推し進めましょう。
皆さま今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
今年はゼミが群馬から東京に引っ越します。大学が変わっても、まちづくりなどに参画して地域に根ざしながら学生の(公共)キャリアを開発する研究室の方針は変わりませんので、これまで同様ご愛顧くださいますよう、よろしくお願い申し上げます。
今年は、私の建築外部空間研究、なかでも公共空間研究の原点である沖縄での調査・研究を深めたいと思います。
また、渋川市公民館との協働の継続を図ります。公共空間を構成する公民館は協働実践の場として極めて重要です。
そして、東京下町です。すでに進行しているプロジェクトもありますが、それ以外にもコミュニティ研究の対象をいくつか絞り込んでいます。また、他の研究者との共同研究も予定しています。
これに加えて、キャリア研究が新年早々から大きく進みます。ゼミ生をはじめ、関わりあるすべて学生の将来設計に自信をもって関わることができるためにも。
皆さん、ともに力を合わせて人類史を前に推し進めましょう。
2017年6月23日金曜日
沖縄 慰霊の日
沖縄において日本軍の組織的戦闘が終わった日。平和が訪れた日ではありません。
軍崩壊により、南に逃げた人々は米軍に追い詰められ、ひめゆり学徒をはじめとするさまざまに悲劇として語られる惨状が。
軍は最終的には民衆を守らなかった、いえ守れなかった。沖縄で多く語り継がれていることです。その組織原理から、軍は軍を守るもの。そしてなによりも、軍人だって人間ですからね。
今日も忙しい日ですが、暫し瞑目して第二の故郷ウチナーに祈りを捧げます。
2017年6月13日火曜日
追悼 大田昌秀元沖縄県知事
大田昌秀琉球大学名誉教授・元沖縄県知事が逝去されました。
謹んでお悔やみを申し上げます。
私の沖縄研究は大田先生の知事在任中に始まり、沖縄戦が琉球・沖縄の公共空間に与えた影響を調べるとき、手元に必ずあったのが大田先生の御著書でした。大田先生は母校の大先輩であり、また琉球大学を調査・研究の拠点とされましたが、その後を追うように生きてきた私にとって,私淑し続けた恩師のひとりです。
どうか安らかに。
そして沖縄をお守り下さい。
2017年4月3日月曜日
沖縄、群馬、そして東京・下町へ
皆さん、こんにちは。
新年度を迎え、私は東京未来大学に着任し、調査・研究拠点を東京・足立区に移しました。
わが生まれ故郷である東京・下町のコミュニティとの協働を始めながら、これまで同様に群馬県渋川市、高崎市、同市新町地区との絆を深め、そして沖縄・琉球における集落・コミュニティ研究を再開します。
わが生まれ故郷である東京・下町のコミュニティとの協働を始めながら、これまで同様に群馬県渋川市、高崎市、同市新町地区との絆を深め、そして沖縄・琉球における集落・コミュニティ研究を再開します。
東京未来大学は地域との連携に熱い大学であり、開学当初から足立区行政と連携・協働を深めてきています。また、地元の金融機関を媒介とした地域密着型の産学協同にも力を入れています。未来大に学ぶ学生が、大学の塀を越えて地域で学び、地域に学ぶ過程でシティズンシップを高め、自らのキャリア開発に挑むことを応援していきたいと思います。
また、東京未来大は足立区の周縁、堀切駅近くに位置しています。足立区のなかでもはずれなんですね。でも、このはずれている立地がすごい。足立区・荒川区・墨田区・葛飾区という4区の周縁にあって、周縁の中心なんですね(笑)
さらに、各区の中心を区役所のある場所と単純に考えると、足立区役所から東京未来大へ線を引き、そこからさらに江戸川区役所、葛飾区役所、江東区役所、墨田区役所、台東区役所、荒川区役所にそれぞれ線を伸ばすと葉っぱの葉脈のようになっていることがわかります。私はこれを「東京未来リーフ」と名付けました。このネーミング・ライツは私にあり、ということで(笑)
学生たちのエネルギーは、しずくとなってこの葉脈を走り、地域の人々を潤すことになるでしょう。東京未来大学を東京・下町を潤す拠点とすることができたらなと夢想しています。
下町で学び、下町の未来を創りながら、下町に学ぶ。
その経験を各地にもたらして、日本、そして世界の未来を創る。
私なりに東京未来大学の「未来」の語をこう解釈してみました。
初心忘るべからず。
ということで、辞令交付の日に記した次第です。
ということで、辞令交付の日に記した次第です。
2017年3月9日木曜日
公共空間としての公民館 渋川と沖縄と
本日は学生と定期利用団体作品展の準備をしながら、あわせて来年度の展望について公民館職員の方々と打ち合わせを実施いたしました。
私は、沖縄における神アサギ・トゥン研究から、コミュニティの公共空間研究に入りました。
神アサギやトゥンは古琉球から琉球王国、そして現在の沖縄県をつなぐ時空を越えた「場」ですが、そこには多くの場合公民館が設置されています。「民族の魂」とも言える場に公民館を同居させるところに沖縄の人々のアイデンティティを希求する心を感じることができますね。神アサギやトゥンは、旧来「祭祀施設」の意味を併せ持つ公共空間でしたが、琉球固有信仰の衰退もありましょうか、現代的な用途をさらに付加させて存在させる例が散見できます。「なくさない」という意志を確かに感じるのです。神アサギやトゥンには主として固有信仰に用いる建物もあり、これにヤマト(本土)化の象徴とも言える「鳥居」を付加する例もありますが、私見として、それはかつての台湾神宮、朝鮮神宮のように違和感を感じざるをえないものです。鳥居があるからといって、神アサギやトゥンがヤマトの神社と同じと考えるのは早急に過ぎ、神アサギやトゥンが多様性ある公共空間であることの意味を消失させてしまうものです。ウチナーンチュは自らのためにも、あれは神社ではなく、神アサギ・トゥンだと言い張ってほしいところです。
こうした神アサギ・トゥン研究は研究資金が尽き、据え置きの状態になってしまいましたが、近年のうちに復活させることができるでしょう。下調べとして、沖縄(琉球大学)で開催された学会の折に、ぐるりとやんばるを回り、国頭村の現況だけは確認できています。
さて、渋川中央公民館の皆様にはいろいろと提案を申し上げ、またご提案をいただきましたが、今年はさらに公民館に入らせていただき、上武の学生のみならず、さまざまな主体との協働を模索していきたいと思います。多様性こそ公民館の強みなのです。
「渋川の中央公民館はなんであんなにいろんなとこからいろんな人がくるんかね?」
このように評価されることに力を尽くしたいと思います。
画像 上は沖縄県国頭村安田の神アサギ(左)と公民館(右) 下は中央公民館4階からの眺め
私は、沖縄における神アサギ・トゥン研究から、コミュニティの公共空間研究に入りました。
神アサギやトゥンは古琉球から琉球王国、そして現在の沖縄県をつなぐ時空を越えた「場」ですが、そこには多くの場合公民館が設置されています。「民族の魂」とも言える場に公民館を同居させるところに沖縄の人々のアイデンティティを希求する心を感じることができますね。神アサギやトゥンは、旧来「祭祀施設」の意味を併せ持つ公共空間でしたが、琉球固有信仰の衰退もありましょうか、現代的な用途をさらに付加させて存在させる例が散見できます。「なくさない」という意志を確かに感じるのです。神アサギやトゥンには主として固有信仰に用いる建物もあり、これにヤマト(本土)化の象徴とも言える「鳥居」を付加する例もありますが、私見として、それはかつての台湾神宮、朝鮮神宮のように違和感を感じざるをえないものです。鳥居があるからといって、神アサギやトゥンがヤマトの神社と同じと考えるのは早急に過ぎ、神アサギやトゥンが多様性ある公共空間であることの意味を消失させてしまうものです。ウチナーンチュは自らのためにも、あれは神社ではなく、神アサギ・トゥンだと言い張ってほしいところです。
こうした神アサギ・トゥン研究は研究資金が尽き、据え置きの状態になってしまいましたが、近年のうちに復活させることができるでしょう。下調べとして、沖縄(琉球大学)で開催された学会の折に、ぐるりとやんばるを回り、国頭村の現況だけは確認できています。
さて、渋川中央公民館の皆様にはいろいろと提案を申し上げ、またご提案をいただきましたが、今年はさらに公民館に入らせていただき、上武の学生のみならず、さまざまな主体との協働を模索していきたいと思います。多様性こそ公民館の強みなのです。
「渋川の中央公民館はなんであんなにいろんなとこからいろんな人がくるんかね?」
このように評価されることに力を尽くしたいと思います。
画像 上は沖縄県国頭村安田の神アサギ(左)と公民館(右) 下は中央公民館4階からの眺め
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