ラベル 渋川市 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 渋川市 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2018年11月10日土曜日

子どもに愛されるまちづくりワークショップ@渋川

群馬県生涯学習センター主催・渋川市中央公民館を舞台とするワークショップで講師を務めてきました。

群馬の秋空らしく澄み渡る紺碧の空で美しい山々を眺めながら。
いつ来ても心が洗われる思いがします。中央公民館、生涯学習センターの職員の方々に堅調に事を進めていただいたので案ずることなく講義とワークショップの進行に集中することができました。

上武大学森下研究室OBでいまは行政を担う立場になった青年、公共キャリア志望の学生、学生たちがお世話になった伊香保公民館の職員の方とその坊や、さまざまにご縁を深めさせていただいた方々に囲まれ、幸せなひとときを過ごしました。ご来場いただいた皆様に心から感謝申し上げます。


語ったことなど

2018年10月7日日曜日

地域の持続可能性とキャリア教育

よいまちをつくっても、それが持続しないようではいけません。
それゆえに、コミュニティをデザインするときには、多世代交流・協働・協創が必要になります。

私の研究室は「まちづくり+公共キャリア研究室」と名乗っています。「この2つ関係ないのでは?」とよくいわれますが、まちあるいはコミュニティの持続可能性を考慮に入れるとき、そこに生きる人びとの人生全体にわたるキャリア教育がどうしても必要になります。

という思いを地域の皆さんと共有したく、群馬県生涯学習センター主催で、子どもに愛されるまちづくりのワークショップを渋川市中央公民館をお借りして全3回でおこないます。まちづくりといっても道路をどこに敷設するかを計画するのではなく、ひととひととをどうつなげるか、いわゆるコミュニティ・デザインです。

さまざまな世代のご参加をお待ち申し上げております。

2018年9月30日日曜日

前橋出張

台風襲来の前に前橋まで出張して参りました。群馬県生涯学習センターとお仕事をさせていただく関係で、ジョイントする渋川市中央公民館職員の方々もともに。

前橋は静かなエネルギーをもつ街です。高崎市が商都と呼ばれて華やいだ感があるのに対して、その奥にずっしりとたたずんでいるのが県都・前橋です。この落ち着いた街を歩くことが私は大好きで、駅前から延びる大通りに並ぶ巨樹は秋の訪れの黄金色をその葉にしみこませていました。

自宅を出て2時間しないで着く前橋。
前任校時代よりも群馬との縁の深まりを感じる秋となります。


2018年7月23日月曜日

渋川市中央公民館との協働の深化

渋川市中央公民館の皆さまを講義にお迎えし、コミュニティ施策とご自身のキャリアについて語っていただきました。

特に女子学生から好評を博したのは女性職員によるキャリアの回顧と展望でした。さまざまに心揺れる学生にとって(特に女子学生にとって)、職業人として、家庭人として、母として、どう生きてきたか、これからどう生きようとしているかについての現場からの声はとても参考になったようです。

また、公民館における地域のつながりづくりの実践について、男性職員に語っていただきましたが、わかりやすい施策説明で共感が拡がったようです。

意義深いひとときでした。
ご登壇いただいた皆さまに感謝申し上げます。


2018年3月9日金曜日

渋川へ 帰る場所 そのひとつとして

今日から3日間、渋川市中央公民館で定期利用団体(サークル)作品展が開催されます。

さっそく行ってきました。道中、妙義山を彼方に。ここは埼玉県と群馬県の県境となる神流川。渡れば新町です。


上越線の列車が倒木と衝突して渋川以北は普通・復旧の見込不明という状況の下で渋川駅着。


下校する高校生たちが振り替え輸送のバスへ急ぐなか、新町五叉路方向へ。徒歩十数分で中央公民館に着き、まずは来年度の協働について協議。来年度予定する調査・研究についてもアウトラインを説明させていただきました。私からの新しい提案も。

協議が終わって会場へ。
「昨年話したあの方はいるかな?」「いた!」の繰り返しでした。


写真は<かごの会>さんの展示。向こうに俳句の展示が見えます。

一昨年、昨年と、ここには20代の若い世代(私のゼミ生)が何人もいて、それは活気があったものですが、今年は静かで落ち着いた作品展でした。2016年から17年にかけて、ここをコミュニティデザインの最前線として多くの試行錯誤をさせていただきました。

私の顔を覚えてくれている方もいて、あたたかみのある会話を重ねてきました。新町の七夕まつりにお招きしたIさんもいらっしゃって記念撮影まで。

前任校の教員ではできなかったこと、それが今はできる環境にあり、それをここにどのようにつなげるかを考えています。

「昨年までありがとうございました」と何人の方に声を掛けられたことでしょう。そのたびに募るやるせなさ。忸怩たる思い。しかしこれをエネルギーとして新たなかかわりを構想したいと思います。

必ず戻ってきます。



セミ生とよくごはんを食べた<とんでん>を横目に。沼田に行きたかったけれど、上越線が不調にて断念。高崎へ戻りました。


高崎は鉄道ファンの聖地とか。
多くのファンがこの電車を撮影していました。私もノリで一葉。

2018年1月1日月曜日

迎春2018

新しい年を迎えました。

皆さま今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

今年はゼミが群馬から東京に引っ越します。大学が変わっても、まちづくりなどに参画して地域に根ざしながら学生の(公共)キャリアを開発する研究室の方針は変わりませんので、これまで同様ご愛顧くださいますよう、よろしくお願い申し上げます。

今年は、私の建築外部空間研究、なかでも公共空間研究の原点である沖縄での調査・研究を深めたいと思います。

また、渋川市公民館との協働の継続を図ります。公共空間を構成する公民館は協働実践の場として極めて重要です。

そして、東京下町です。すでに進行しているプロジェクトもありますが、それ以外にもコミュニティ研究の対象をいくつか絞り込んでいます。また、他の研究者との共同研究も予定しています。

これに加えて、キャリア研究が新年早々から大きく進みます。ゼミ生をはじめ、関わりあるすべて学生の将来設計に自信をもって関わることができるためにも。

皆さん、ともに力を合わせて人類史を前に推し進めましょう。

2017年10月1日日曜日

渋川市「Yes-Noカードで学ぶ防災」講座に参加してきました

渋川市防災専門員・小金澤照昌氏が主宰する標記の渋川市職員研修に学生とともに参加してきました。毎年9月、基礎自治体における防災政策の基礎を学ぶ機会を与えていただいております。

今年は上武大生のみならず、県立女子大の学生も参加し、充実した講座となりました。ニューフェイスの県立女子大の学生を受け入れていただき、ありがとうございました。来年も続けて参加するよう促します。

研修では、設定された各班に20代の学生が入り、30〜60歳代の市職員・防災リーダーと対等な立場で対話しながら、小金澤氏が設定する課題について解を出していく様を見て、多世代交流・多世代協創こそ地域活性化への道と改めて確信を抱いて帰って参りました。

「判断とは何か、決断とは何か」、自衛隊災害救助の最前線に立たれていた小金澤氏の話は心にしみいるもので、さまざまな立場の学生に聞いて欲しいものです。来年は未来大の学生を連れてきたいと思います。


2017年9月5日火曜日

若武者のデビューと大学人の責務

建築学会で広島に行ってきました。

共同発表者として名を連ねましたが、私の主たる任務は今年卒業し、行政職に就いた若者の初めての学会発表をサポートすることにありました。不測の事態もあるので自らの口で語ることも想定しておりましたが、そのようなことはなく、彼は見事に学会発表を成し遂げました。その勇気にまずは敬意を表します。

また、上武大学経営情報学部の学生が、調査・研究に従事し、卒業研究で執筆した論文内用を学会で発表するということは、希有かつ賞賛に値する例となると思うので特に記しておきたいと思います。

大学人として優先すべき業務は研究と教育ですが、社会へ巣立つその間際に携わっている者として、どうしてもキャリア教育を考えざるを得ません。もちろんそれは、ワーク・キャリアだけでなく、ライフ・キャリアすべてということになると思いますが、関わっている学生のキャリアを考える、ということは大学人の責務であるように思います。

私はまちづくりについて社会科学と建築学の視点から調査・研究を進める者ですが、自分の研究室に、まちづくりとともにキャリア・デザインの名を冠しているのは、まちづくりの調査・研究過程を通じて若い世代に自らのキャリアを開拓してほしい願いを込めているからでもあります。

今回の発表者はその具現者でもあります。

また、もうひとりの若武者に会ってきました。大学卒業後、広島の公共キャリアに就いた者です。もともとは違った進路を考えていた学生ですが、現職に就いてどのように過ごしているかを尋ねる意味を含んだ対話でした。

彼はこのような話をしてくれました。
彼が在学時に2つの可能性のある進路を示して、どうしたらいいかを私に問うたそうです。
かなりの時間をその選択に関する相談に当ててきていたこともあり、私は「自分の人生、自分で決めるしかないんじゃあ」「自分の人生を自分で選んだ実感持たないでどうするんじゃあ」と広島の言葉をおどけて真似て言ったそうです。

よく覚えてくれているものだなと笑
彼は選んだ実感をもって臨んだ職場に適応し、配属・昇進を含め、前向きに日々を過ごしている様子に安堵しました。

大学人の責務としてキャリア教育に通じることを改めて実感した2人の若武者との再会でした。

学会では主に沖縄をテーマとする発表を聴き、質疑応答に臨み、研究再開への弾みをつけ、また呉や広島市内のフィールドワークを含め、充実した学会参加の日々を過ごすことができました。

画像上は対岸から眺めた原爆ドーム
画像下は呉のまちなみ/巨大な潜水艦は「てつのくじら館(海上自衛隊呉資料館)」



2017年8月4日金曜日

「ジブンと社会をつなぐゼミ」を開催しました

渋川市中央公民館で、8月3日、4日にわたって「ジブンと社会をつなぐゼミ」を開催しました。

これは、昨年2月に私が渋川市に提出した「提言」に基づくものであり、その実践です。公民館に「地域活動の谷」となっている10代後半から20代の世代を引き入れたいとの公民館のニーズを満たすとともに、高校生に豊かな地域活動の拠点である公民館を知って欲しいという私の願いを具体化するものです。

渋川市中央公民館の皆様にはことのほかご尽力いただきましてありがとうございました。学生も交えて食事会なども催していただきまして心から感謝申し上げます。

渋川市は、JR渋川駅前に高校生の自習スペースである「すたでぃばんく」を設置するなど、「居場所づくり」に熱心に取り組んでいる自治体です。しかしながらまだ、地域のポテンシャルを活かせていません。これは、渋川市だけでなく、全国の自治体やコミュニティが抱える問題なのですが・・・新しい学習指導要領で変わっていきますかね?期待していますが、地域が学校の侍者にならないためにも、地域側の準備を猛烈に進めなければならないと思います。その地域の拠点になり得るのが公民館なんです。それができると確信した2日間でした。

この企画については、後日草稿にまとめるつもりでいます。


2017年7月20日木曜日

ジブンと社会をつなぐゼミ in 渋川

「広報しぶかわ」に載っけていただきました。

今日の講義「キャリア形成論」でも話したのですが、このゼミでも“LifeShift”の話は必ずしてあげたいなと思いつつ。

Life Shiftは、人生100年(寿命100才)時代を見すえたライフキャリア理論です。いま、全世界的に注目を浴びていると述べても過言ではありますまい。

私たちはこれまで、教育を受ける→社会に出て生産活動に従事する→引退する、という流れで生きてきましたが、人生100年が目前に迫るなか、もはやこんな単線型・ワンステージ型の人生なんか有り得ない!という考え方です。人生はマルチステージ、学び、働き、休息することは一本の矢印で進むのではなく、マトリクスに。世界で最も急速に高齢化の進む日本だからこそ、この考え方を普及させて、活力ある社会、コミュニティを目指したいと思うのです。

これは、就職する生徒・学生にも、進学する生徒・学生、いずれにも伝えたいと思っています。

キャリア教育とは人生総体をあつかう教育。
キャリアデザインとは人生のデザイン。

人生をデザインする過程で他者のそれとつながるとコミュニティデザインになっていきます。私が目指すものです。


2017年6月23日金曜日

渋川で市民ゼミやります!

地域活動の拠点としての渋川市公民館の現状分析と今後のあり方について、昨年2月末に調査報告と提言をまとめたのですが、提言内容を実践へと進めます。

永田町、霞ヶ関がどうであれ、我が目前にあるのはコミュニティ。
これを強靱なものに仕上げることからすべては始まると考えています。持続可能な開発という理念にのせて、コミュニティの多世代共創を推進します。まず、私とゼミ生(大学生)と高校生。

最も公民館活動や地域活動に出てこない世代と遊びながら、渋川から日本や世界を展望して自分の未来を考えることをやってみます。

J.デューイのシカゴ実験学校(Dewey School)のように。
請う、ご期待! 



2017年6月2日金曜日

森下ゼミ in 渋川


高大接続がうたわれていますが、高校と大学、2つの学校だけがこれを行うのではなく、地域活動がそれを引き受けることができる!

そのひとつの試みが渋川市中央公民館の皆さんとの協働により進行中です。今のところは、「森下ゼミ in 渋川」としかいえませんが、近日中に公式にアナウンスされるかと思います。

昨年に出した渋川市への提言に基づいての実践活動です。

取り急ぎのご報告です。
群馬に熱い夏がやってきました。遥かに赤城山を眺めつつ。



2017年3月12日日曜日

渋川市中央公民館における定期利用団体作品展を企画・参加しました

昨年に引き続き、渋川市中央公民館の定期利用団体に企画段階から学生が参加し、あわせて作品展での絵手紙ワークショップを実施しました。

昨年から今年にかけて、現4年生が渋川の皆さんにご協力いただきながら卒業研究を書き上げましたが、その成果も展示いたしました。決して読みやすくない壁新聞形式の展示をよく読んで下さり、議員に渡すと言ってコピーを持って行かれた方もいらっしゃいました。卒論指導教員冥利に尽きる出来事でした。

受付に座って実行委員長と時間をかけてお話しさせていただいたり、公民館ヘビーユーザーの方のヒアリングにまわったり、昨年おかし交換をしたお母さんと再会して旧交を温め合ったり、昨年新町においでいただいたゲストの方と再会したり、本当に充実した3日間でした。もちろん公民館職員の方々と今後の展望を語り合ったことも。

これまで渋川の調査・研究に携わりながら、じっくりと腰を据えて住民の皆さんと向き合う時間があまりにも無かったことを猛省しています。自分の職掌の範囲を超えて他学部・他キャンパスの学生のキャリア指導という負荷があったりなど、本や論文もろくに読めぬ日々が続いておりましたから。こうした状況を来年度は正して行きたいと思います。

同じ方向を向いてくれている研究室の学生諸君にはただただ感謝するのみです。今日は片付けの後、渋川駅前のレストランでささやかな食事会を催し、その労をねぎらいました。「行こう、行こう」と言いながら行けていないゼミ長の実家にご挨拶に行きがてら、改めて沼田のフィールドワークについて計画を練ったり、卒業後のつながりをどう維持するかを話したりと、かけがえのない渋川の夜を学生諸君とともにし、上越線で帰途に就きました。


2017年1月30日月曜日

学部全体の卒論発表会を終えました

本日は、経営情報学部全体の卒業論文発表会が、渋川中央公民館から職員の方を迎えて、開催されました。我が研究室からは2人の学生が発表しましたが、秀逸な出来だったと思います。

1つのテーマは、渋川市中央公民館における避難所運営ゲームについて、もう1つが伊香保公民館におけるサークル活動と学校のクラブ活動・部活動との融合に向けた基礎研究といったところでしょうか。後者のテーマが好評だったようで、学内研究会での発表に進みました。

学科長の司会・進行では
公民館からのお客様にもお話を振っていただき、昨秋に締結した連携協定の実質化が着実に進んでいることを感じました。こうした人の往来による小さな蓄積が大切なのだと思います。勘違いしがちですが、締結した事実をもって新聞の紙面を飾ることが「連携」ではないですから。

自ら軽々と動くこと、これが肝要なのだと己に言い聞かせつつ。

2017年1月28日土曜日

渋川・赤城でのFW

本日は朝から渋川・赤城へ。

1年に1度しかない石造不動明王立像拝観とそれをめぐる人々のようすを把握するためのフィールドワークを2年前から狙っていたのですが、今日ようやく実現しました。旧正月でもあり縁起がいいなと思いながら。

不動明王と並び建つのが宮田神社で双方ともに宮田を見下ろす山腹に位置するのですが、コミュニティ・固有信仰というキーワードに沖縄での日々を想い出しました。

まずは集落の鎮守となる社へと、急な階段を転げ落ちないように、階段にしがみつくように登りながら懐かしい感覚が戻ってきました。

これはウタキ(御嶽)だと。

沖縄においてウタキは集落発祥の地であり、そこを原点として徐々に低地へと集落移動をし、現集落に落ち着いているのですが、ウタキと集落という軸線上にあるのが神アサギ・トゥンという空間です。神アサギ・トゥンが建物か空間かということについては学説上の対立があるのですが、本島全集落へのFWで現況を把握して私は「空間」であると結論づけました。

そんな懐かしさだけでなく、前進することについての勇気と、改めて渋川・群馬との絆を深める力を頂戴して帰ってきました。今日もまた素晴らしい一日でした。
旧正月 不動明王 




2016年12月23日金曜日

研究ノートを本学紀要に寄稿しました

拙稿、研究ノート「地域づくりの拠点としての渋川市公民館の役割 その1 公民館利用者に関する調査報告」は下記のリンクで読むことができます。

2016年12月21日水曜日

少子高齢化と闘うコミュニティデザイン

今日は渋川市公民館活動功労者表彰式にお呼ばれし、社会教育研修会で講師を務めて参りました。


講演では、人と人とのつながりのなかでコミュニティの問題解決を図るコミュニティデザインと近年の渋川での実践を主としてお話しいたしましたが、「研修会」ともあり、少しだけマクファーソンの話も織り込みました。参加型民主主義についてです。

参加による「徳性」の向上。この「徳性」こそシティズンシップにおいては欠かせぬものです。まちづくり(コミュニティデザイン)に参加し、意思決定の場に参加して討論し、ひとたび意思決定がなされたら、それに従う。なぜなら、それはそのものの意思なのだから、というルソーが喜びそうな流れを体感するところに、わが研究室の妙味があると考えています。

本日、「共助」という言葉を講演で使いました。来るかなと思ったらやはりご質問をいただきました。「共助」ができない高齢化したコミュニティの現状があり、具体的には雪かきができないという現実の問題があると。

そう。「公助」の不十分さを「共助」「自助」で補えという理屈は、短絡的な自己責任論に帰結するおそれがあり、十分に注意しなければなりません。

「共助」を高齢化が進む1つの共同体の内だけでイメージするとき、それは不可能なように思えてしまいます。しかし、そのような閉ざされたコミュニティ像を開かれたコミュニティ像に変え、外部資源とのつながりで課題を解決しようとするとき、共助は可能になるのだと思います。

希望は、それを実践した学生が社会に出て行くことです。 また、そうした思いをもった学生とつながっていただいた渋川の方々がいることです。私はそこに「共助」についての希望の灯火を見出しています。

皆様ご清聴ありがとうございました。

そして、学生諸君、お手伝いをありがとう。また一緒にうまい飯を喰いましょう。



2016年12月13日火曜日

スポーツとまちづくり


コミュニティ・スポーツによるコミュニティ・デザイン。
カレッヂ・スポーツのさかんな大学の教員でありながら、視野に無かったものでした。

そんなコミュニティ・スポーツに関連する会議が今日は渋川市であり、午前の講義が終わってすぐに渋川に。
会議のあとにお昼ごはんをと思っていたのですが、日も暮れる時間になってしまい、慌てて駆け足で本庁舎へのお礼を済ませ、中央公民館で来週の打ち合わせ。お昼ごはんは結局食べないままで、かけずり回っている感のある1日でした。

渋川市と連携協定を結んだこともあり、市役所本庁舎及び中央公民館で9回目となる箱根駅伝出場をお祝いしていただいております。渋川の皆さんの心のこもったディスプレイで心を打たれて帰って参りました。企画課の皆さん、ありがとうございました。

上の画像の黒字の幟には「雑草精神(あらくさだましい)」と書いてあります。わが上武大学の建学の精神で、「いかなる境遇にも耐えて発展する強靭な精神力・体力・生命力を表現」するものです。かつて「在野精神」の看板を高々と掲げていた大学で学んだ私はこの「雑草精神」の語をとても気に入っているのですが、母校のあの看板どこへ行ってしまったのでしょうね?
下の画像の幟は箱根駅伝で応援する大学関係者が掲げるもので、これは中央公民館に飾っていただいています。あと20日ほどで箱根。もう年の瀬なんですね。




#箱根駅伝
#コミュニティ
#スポーツ


2016年10月30日日曜日

赤城地区文化発表会での協働実習に行ってきました

昨年の引き続き、昨日、今日と、渋川市の赤城公民館・文化発表会で研究室の学生がこじんまりとではありますがイベントをやっているので、激励してきました。

赤城公民館の館長さんから御茶を頂戴しながら懇談することしばし。
提携協定の話もすぐに出て、来年度以降は、研究室ではなく、ボランティアセンター経由での協働へと進化させましょうということで方向性を確認。

協働が点から面へと拡がったことと感じ、ひと仕事終えたなと実感しました。

昨年は渋川研究班が大勢いたので、出店スタッフとしてたこ焼きを焼いていたりしていたのですが、今年は中学生が焼いていました。
「あれ、あの子、昨年のこのイベントで最後までたこ焼きをおねだりしていた生徒では?」という中学生が友達と楽しそうにたこ焼きを焼いていました。

話しかけてみるとやはりそうで、昨年のうちの研究室の学生を見て「自分もやってみたい!」ということでこのイベントに参画してくれたとのことでした。現4年生諸君、君たちの活動は確かに種を蒔いたようで、若い芽が出ているよということを次回のゼミで報告してあげようと思います。

今回は3年生だけが独力でやり遂げるプロジェクトであり、4年生は卒論の調査・研究に邁進しているはず(?)です。



2016年10月27日木曜日

上武大学と渋川市が連携協定を締結しました

昨年度から関わってきた渋川市とのご縁がひとつの形になりました。

私が携わったのは基礎調査・研究に過ぎませんが、それも1つのきっかけとなって「連携協定」を締結できたことは、本学・渋川市双方にとって、意義深いことと感じます。域学協働の最前線に立つ者として喜びもひとしおです。


どのように地域と若い世代をつなぐかということについて考え、実践して参りましたが、手法の一つを確立できたのではないかと思います。渋川のまち・ひとはたしかにうちの研究室の学生を鍛え、学生らはたしかに渋川のひと・まちを元気づけることができたと思います。

まちづくりはひとづくり
ひとづくりはまちづくり
今後も「なじむ・かかわる・ふかめる・みつける」という「なかふみ」の実践から学生を育てていきたいと思います。

また、私の研究室だけでなく、本学に在籍するさまざまな立場にある方々が渋川市にかかわりを持ってくださるように、自ら現場に立ちつつ、学生にも働きかけていきたいと思います。行政学Bの講義で今年から留学生も渋川にあたたかく迎えられるようになりました。


良き共同体の条件はいくつもありますが、第1次的な条件は多世代交流にあると考えています。1次接点が単線の、あるいはユニラテラルな交流であっても、それが多様かつ複層化し、相互の関心の高まりが点の交流から、線、ついで面的な交流へと進化する過程を渋川で観てきました。交流という言葉、コミュニケーションと言い換えた方がいいかも知れませんが。

2015年、渋川研究班の3年生が各公民館担当となり、公民館職員の方や公民館利用者とさまざまな交流を始めました。最初は戸惑い、どう対応していいかわからなかった彼らも、繰り返す交流によってその地に人にじみ、かわりを深めていきます。

かわりには私から課題を与えられ、それについて考え、実践する過程でさまざまな人に出会い、ものに関心を寄せ、教員を通してではないかわりあいが生まれ、それがかみをを帯びてきます。渋川で職を得て暮らしたいという学生が出てくるようになり、教員のいないところで渋川で職を得るにはどうしたら?というような相談を公民館職員の方にする学生も。そうしたなかで、地域課題をいだし、それを解決するための共創が始まるのです。

その3年生が4年生になり、新3年生を連れてフィールドに入り、複層化がなりました。3年生と4年生が行政学Bなどで多様な立場の学生を自らのフィールドに導いています。

研究室内の人間関係が、研究室でのプロジェクトとして扱わない祭やイベントに友人や後輩を導き、地域の世話役から商店主、企業人など全面的なふかみあるかかわりが生じ、その地に生きることが人生の選択肢として地平線の彼方に見えるようになります。渋川で、新町で、このような状況が生まれています。

多世代にわたる交流が生むものは豊かであり、可能性に満ちています。学生は、特に4年生は私が渋川に入り、孤軍奮闘する様を、その背中を見て育った世代ですから、自らも試行錯誤しながら進むことを恐れません。みな逞しくなりました。今日のゼミでも自らの卒業研究の調査状況を語る彼らの成長に驚かされたところです。

渋川の皆さん、ありがとうございました。これからも上武生をよろしくお願いいたします。