ラベル 群馬 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 群馬 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2019年3月21日木曜日

邂逅

今日は法事。

いつものように菩提寺の最寄り駅でタクシーを待っていると、ほど近いところで立ち止まり、私を見ている青年が。

「先生!」と。
上武大学森下研究室3代目ゼミ長の懐かしい声でした。しかし、彼は今、群馬の県北にいるはずでは?

「どうしてこんなところに?」
「いや、いま上京して修行中なんですよ」
「そうか。でも、よく僕を見つけられたね」
「いえ、後ろ姿がよく似ているなと・・・」

教員はよく見られているもんだなとつくづく思います。

以前も、マスクをして帽子を目深にかぶって顔など全然わからない状態であるにもかかわらず、「先生!」と。5年ぶりに会った教え子でした。

そのときも法事でしたが、幼くして天へ昇ってしまった魂が、忘れてしまいそうな過去の大切な縁を保たせる機会をこうして与えてくれているような気がしてなりません。

3代目ゼミ長とのつながりはこうして東京で再開するのでした。
群馬から数えて5代目となる世代がこの4月から研究室に入ってきます。群馬と東京、いつかこの若い世代をつなげてみたいと思います。

あの頃

2018年10月7日日曜日

地域の持続可能性とキャリア教育

よいまちをつくっても、それが持続しないようではいけません。
それゆえに、コミュニティをデザインするときには、多世代交流・協働・協創が必要になります。

私の研究室は「まちづくり+公共キャリア研究室」と名乗っています。「この2つ関係ないのでは?」とよくいわれますが、まちあるいはコミュニティの持続可能性を考慮に入れるとき、そこに生きる人びとの人生全体にわたるキャリア教育がどうしても必要になります。

という思いを地域の皆さんと共有したく、群馬県生涯学習センター主催で、子どもに愛されるまちづくりのワークショップを渋川市中央公民館をお借りして全3回でおこないます。まちづくりといっても道路をどこに敷設するかを計画するのではなく、ひととひととをどうつなげるか、いわゆるコミュニティ・デザインです。

さまざまな世代のご参加をお待ち申し上げております。

2018年9月30日日曜日

前橋出張

台風襲来の前に前橋まで出張して参りました。群馬県生涯学習センターとお仕事をさせていただく関係で、ジョイントする渋川市中央公民館職員の方々もともに。

前橋は静かなエネルギーをもつ街です。高崎市が商都と呼ばれて華やいだ感があるのに対して、その奥にずっしりとたたずんでいるのが県都・前橋です。この落ち着いた街を歩くことが私は大好きで、駅前から延びる大通りに並ぶ巨樹は秋の訪れの黄金色をその葉にしみこませていました。

自宅を出て2時間しないで着く前橋。
前任校時代よりも群馬との縁の深まりを感じる秋となります。


2018年2月23日金曜日

高崎市・新町とともに

高崎市新町商工会のとある事業の委員として携わらせていただいてはや2年。
先年、提案した内容を着実に織り込んでいただけて嬉しいです。

たとえば新町ガイドブックの電子化
昨年の報告を受けて提案したのですが、多言語化まで踏み込んで実現してくれました。
これを上毛新聞と読売新聞が紹介してくれたようで、多くの方に知ってもらえると良いですね。

ヴェトナム語など、対応できない言語があるとのことですが、そんなことでくじけちゃいけません。もっと廉価で手軽にできる手法を今回提案いたしました。

SNSを使った情報発信についても改善が見られました。
Facebookをはじめとして、新町にある企業・店舗の情報発信を見る機会が多くなりました。まだまだ課題はあるのですが、良い方向を向いていることはたしかです。

来年度もまた新町に関わり続けます。
上武大学の外にある新たな可能性の芽をいま育てています。

いま、新町はひな祭りで、多くの店先で個性豊かなひな人形が目を楽しませてくれています。皆さんも、箱庭のように小さく、静かで山河の美しい新町を訪れてみませんか?


画像は商工会で飾っているひな人形です。




2018年1月30日火曜日

甘くて美味しい下仁田ねぎ

森下研究室OBから至高のねぎ「下仁田ねぎ」が届きました。


下仁田ねぎは乾燥したところが好きなんですよとのアドバイスに従って、乾燥したところに置きながら、ソテーにしてみたり、他の野菜と合わせてみたりしながら、大事に大事に食しています。

甘くてやわらかくて、店頭に売られているねぎにはない深い味わいを楽しむことができます。これは下仁田、群馬が誇るべき地域資源です。

また、いわゆる「6次産業化」への展開も。下仁田ねぎをブレンドしたポテチも同梱していただいて、これは学生と分け合って食べたところ、みな物凄いスピードで手が伸び、3分とかからず無くなってしまいました。

群馬の食の豊かさ、というか凄みを実感します。

送っていただいたD君、ありがとうございます。また、フィールドワークにつきあってください。そして、東京での御朱印も集めに行きましょう!




2018年1月1日月曜日

迎春2018

新しい年を迎えました。

皆さま今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

今年はゼミが群馬から東京に引っ越します。大学が変わっても、まちづくりなどに参画して地域に根ざしながら学生の(公共)キャリアを開発する研究室の方針は変わりませんので、これまで同様ご愛顧くださいますよう、よろしくお願い申し上げます。

今年は、私の建築外部空間研究、なかでも公共空間研究の原点である沖縄での調査・研究を深めたいと思います。

また、渋川市公民館との協働の継続を図ります。公共空間を構成する公民館は協働実践の場として極めて重要です。

そして、東京下町です。すでに進行しているプロジェクトもありますが、それ以外にもコミュニティ研究の対象をいくつか絞り込んでいます。また、他の研究者との共同研究も予定しています。

これに加えて、キャリア研究が新年早々から大きく進みます。ゼミ生をはじめ、関わりあるすべて学生の将来設計に自信をもって関わることができるためにも。

皆さん、ともに力を合わせて人類史を前に推し進めましょう。

2017年12月9日土曜日

群馬をゆく 〜富岡・下仁田FW

本日、わが愛弟子とともに西毛路のFWへ。

2人ともこの地の出身で上武大学でわが研究室に在籍し、ともに在学時から行政との協働及び新しい行政を担う主体との協働に励み、現在、公共キャリアに就いています。

私が西毛の道を歩くのは初めてなので、まずはこの地の神々に「この2人をよろしくお願いします」の意を込めつつご挨拶。

3人でこれまでのことやこれからのことを話しながら今後の調査・研究課題の端緒を見出すことができたり、意義深い日となりました。



2017年10月15日日曜日

玉村の田畝を歩く 大地讃頌


雨の中も。百折不撓。
今日は嬉しいことがあって,雨の中を歩きました。

院生からの報告。NPOに入職すると。そう言う彼の顔は今までにない自信に満ちあふれた顔をしていました。いい顔でした。

彼の親しい友人が行政職としてすでに入庁していますが,官と民と,民と官と,双方で補いかつ刺激しあいながら新しい公共のあるべき姿を追究していってほしいなと思います。少し大げさではありますが,私が群馬に生きた意味は今日,この日にあったと思いました。

象徴的な出来事も。
懇意にしていた,上武大学森下研究室でメシに行くといえばこの店,「やすべ」が閉店してしまっていました。終わって,始まる。そんな一日でした。

雨のなかを歩く。洗い流し,また天からの恵みを受け取るために。


2017年9月5日火曜日

若武者のデビューと大学人の責務

建築学会で広島に行ってきました。

共同発表者として名を連ねましたが、私の主たる任務は今年卒業し、行政職に就いた若者の初めての学会発表をサポートすることにありました。不測の事態もあるので自らの口で語ることも想定しておりましたが、そのようなことはなく、彼は見事に学会発表を成し遂げました。その勇気にまずは敬意を表します。

また、上武大学経営情報学部の学生が、調査・研究に従事し、卒業研究で執筆した論文内用を学会で発表するということは、希有かつ賞賛に値する例となると思うので特に記しておきたいと思います。

大学人として優先すべき業務は研究と教育ですが、社会へ巣立つその間際に携わっている者として、どうしてもキャリア教育を考えざるを得ません。もちろんそれは、ワーク・キャリアだけでなく、ライフ・キャリアすべてということになると思いますが、関わっている学生のキャリアを考える、ということは大学人の責務であるように思います。

私はまちづくりについて社会科学と建築学の視点から調査・研究を進める者ですが、自分の研究室に、まちづくりとともにキャリア・デザインの名を冠しているのは、まちづくりの調査・研究過程を通じて若い世代に自らのキャリアを開拓してほしい願いを込めているからでもあります。

今回の発表者はその具現者でもあります。

また、もうひとりの若武者に会ってきました。大学卒業後、広島の公共キャリアに就いた者です。もともとは違った進路を考えていた学生ですが、現職に就いてどのように過ごしているかを尋ねる意味を含んだ対話でした。

彼はこのような話をしてくれました。
彼が在学時に2つの可能性のある進路を示して、どうしたらいいかを私に問うたそうです。
かなりの時間をその選択に関する相談に当ててきていたこともあり、私は「自分の人生、自分で決めるしかないんじゃあ」「自分の人生を自分で選んだ実感持たないでどうするんじゃあ」と広島の言葉をおどけて真似て言ったそうです。

よく覚えてくれているものだなと笑
彼は選んだ実感をもって臨んだ職場に適応し、配属・昇進を含め、前向きに日々を過ごしている様子に安堵しました。

大学人の責務としてキャリア教育に通じることを改めて実感した2人の若武者との再会でした。

学会では主に沖縄をテーマとする発表を聴き、質疑応答に臨み、研究再開への弾みをつけ、また呉や広島市内のフィールドワークを含め、充実した学会参加の日々を過ごすことができました。

画像上は対岸から眺めた原爆ドーム
画像下は呉のまちなみ/巨大な潜水艦は「てつのくじら館(海上自衛隊呉資料館)」



2017年5月13日土曜日

調査 関東三雷神について

週末ですが,文献調査に従事しています。

群馬にある雷電神社,茨城県にある別雷皇太神,金村別雷神社を「関東三雷神」と呼ぶそうですが,これらについて調べています。群馬から茨城にかけては雷の多発地帯であり,落雷被害の多い一帯だそうですが,確かに群馬の雷は東京の雷とは違って,轟音に地がどよめくような感がありますね。

特に,雷電神社の歴史は古く,社伝では6世紀末に創建とか。
聖徳太子の時代ですね。また,江戸幕府5代将軍・徳川綱吉公との縁も深いようです。

この3つの神社,それぞれの地における地域資源なのですが,つなげるとより深みのある物語ができそうです。

#雷
#雷神
#雷電神社
#別雷皇太神
#金村別雷神社
#関東三大雷神

2017年4月12日水曜日

群馬とのご縁

東京に戻りましたが嬉しいことに群馬とのご縁が拡がっています。
これも東武伊勢崎線で群馬につながる場に私を配してくれた天命かと。着任してわずかな期間に、そして今日も。

講義終了後、教壇に近寄ってきてくれた学生と話してみると、数年前の卒業生に私の名を聞いて入学、そして受講しているとか。感動しました。

忘れられない卒業生です。
卒業を数ヶ月語に控えていたその学生は、私が上武に務めた最初の日にキャンパスまでやってきて、院試受験のための指導を受け、院を修了した今、群馬県の教員となって教壇に立っています。瞳のきれいなまっすぐな性格の学生でしたから、さぞや生徒から慕われていることでしょう。

そのかかわりが、今日また新たなかかわりを創っていくということに、深く静かな満ち足りた思いを味わいました。さて、渋川、高崎の研究計画を立てなきゃです。

2017年4月3日月曜日

沖縄、群馬、そして東京・下町へ

皆さん、こんにちは。
新年度を迎え、私は東京未来大学に着任し、調査・研究拠点を東京・足立区に移しました。

わが生まれ故郷である東京・下町のコミュニティとの協働を始めながら、これまで同様に群馬県渋川市、高崎市、同市新町地区との絆を深め、そして沖縄・琉球における集落・コミュニティ研究を再開します。

東京未来大学は地域との連携に熱い大学であり、開学当初から足立区行政と連携・協働を深めてきています。また、地元の金融機関を媒介とした地域密着型の産学協同にも力を入れています。未来大に学ぶ学生が、大学の塀を越えて地域で学び、地域に学ぶ過程でシティズンシップを高め、自らのキャリア開発に挑むことを応援していきたいと思います。

また、東京未来大は足立区の周縁、堀切駅近くに位置しています。足立区のなかでもはずれなんですね。でも、このはずれている立地がすごい。足立区・荒川区・墨田区・葛飾区という4区の周縁にあって、周縁の中心なんですね(笑)

さらに、各区の中心を区役所のある場所と単純に考えると、足立区役所から東京未来大へ線を引き、そこからさらに江戸川区役所、葛飾区役所、江東区役所、墨田区役所、台東区役所、荒川区役所にそれぞれ線を伸ばすと葉っぱの葉脈のようになっていることがわかります。私はこれを「東京未来リーフ」と名付けました。このネーミング・ライツは私にあり、ということで(笑)

学生たちのエネルギーは、しずくとなってこの葉脈を走り、地域の人々を潤すことになるでしょう。東京未来大学を東京・下町を潤す拠点とすることができたらなと夢想しています。

下町で学び、下町の未来を創りながら、下町に学ぶ。
その経験を各地にもたらして、日本、そして世界の未来を創る。
私なりに東京未来大学の「未来」の語をこう解釈してみました。

初心忘るべからず。
ということで、辞令交付の日に記した次第です。

2017年3月9日木曜日

公共空間としての公民館 渋川と沖縄と

本日は学生と定期利用団体作品展の準備をしながら、あわせて来年度の展望について公民館職員の方々と打ち合わせを実施いたしました。

私は、沖縄における神アサギ・トゥン研究から、コミュニティの公共空間研究に入りました。

神アサギやトゥンは古琉球から琉球王国、そして現在の沖縄県をつなぐ時空を越えた「場」ですが、そこには多くの場合公民館が設置されています。「民族の魂」とも言える場に公民館を同居させるところに沖縄の人々のアイデンティティを希求する心を感じることができますね。神アサギやトゥンは、旧来「祭祀施設」の意味を併せ持つ公共空間でしたが、琉球固有信仰の衰退もありましょうか、現代的な用途をさらに付加させて存在させる例が散見できます。「なくさない」という意志を確かに感じるのです。神アサギやトゥンには主として固有信仰に用いる建物もあり、これにヤマト(本土)化の象徴とも言える「鳥居」を付加する例もありますが、私見として、それはかつての台湾神宮、朝鮮神宮のように違和感を感じざるをえないものです。鳥居があるからといって、神アサギやトゥンがヤマトの神社と同じと考えるのは早急に過ぎ、神アサギやトゥンが多様性ある公共空間であることの意味を消失させてしまうものです。ウチナーンチュは自らのためにも、あれは神社ではなく、神アサギ・トゥンだと言い張ってほしいところです。

こうした神アサギ・トゥン研究は研究資金が尽き、据え置きの状態になってしまいましたが、近年のうちに復活させることができるでしょう。下調べとして、沖縄(琉球大学)で開催された学会の折に、ぐるりとやんばるを回り、国頭村の現況だけは確認できています。

さて、渋川中央公民館の皆様にはいろいろと提案を申し上げ、またご提案をいただきましたが、今年はさらに公民館に入らせていただき、上武の学生のみならず、さまざまな主体との協働を模索していきたいと思います。多様性こそ公民館の強みなのです。

「渋川の中央公民館はなんであんなにいろんなとこからいろんな人がくるんかね?」

このように評価されることに力を尽くしたいと思います。



画像 上は沖縄県国頭村安田の神アサギ(左)と公民館(右) 下は中央公民館4階からの眺め





2016年5月27日金曜日

群馬県公民館連合会研修会での講演

本日は、1限講義の後、群馬県公民館連合会研修会にお呼ばれし、講演する機会を得させていただきました。

「公民館を拠点としたコミュニティ・デザイン」をテーマとするもので、多くは昨年度のモデル事業に関する内容でしたが、導入は名護市庁舎から入らせていただきました。前回の県庁での講演が自分ではいまひとつの出来で、その理由がなぜなのかわからなかったのですが、今日、結局は「フォース」を乱される自分の問題なのだとわかりました。参加した皆様、熱心に聴いていただきましてありがとうございました。

また、長きに渡って手がけてきた神アサギ・トゥンの研究成果をコミュニティ・デザインの中へ導き、これで過去の蓄積との接続を果たせたかなとの思いでいっぱいです。これまでを顧みて、道は確かに一つに統合されたようです。

抽象的な述懐で申し訳ありませんが、感無量な一日でした。
渋川中央公民館ならびに各公民館の皆様に心から感謝を申し上げます。


2016年5月16日月曜日

平成28年度ぐんま地域・大学連携協議会総会

本日は、平成28年度ぐんま地域・大学連携協議会総会(@群馬県庁)にて、事例報告をして参りました。


タイトルは昨年およそ半年をかけて従事した渋川研究です。
具体的な提言などは公式サイトをみればわかりますから、何点かにしぼって発表いたしました。

発表でのモティーフは「つながる、つなげる」ということでした。

短い時間でもあり、資料は途切れているわ、PowerPointファイルの「まとめ」がなくなっているわで、不十分な内容にならざるを得ませんでしたが、ご静聴いただいた皆様、特に、渋川市職員の皆様、学長、N先生ありがとうございました。また、ここまでセットアップしていただきました県庁企画課の皆様、心から感謝を申し述べます。皆様が聞いておられるということで、安心して発表することができました。

今週のゼミでも学生たちに報告し、これを新たなエネルギーにしてもらいたいと願っています。 今日はよく眠れそうです。


ぐんまちゃんの石像がありました。