2017年3月9日木曜日

公共空間としての公民館 渋川と沖縄と

本日は学生と定期利用団体作品展の準備をしながら、あわせて来年度の展望について公民館職員の方々と打ち合わせを実施いたしました。

私は、沖縄における神アサギ・トゥン研究から、コミュニティの公共空間研究に入りました。

神アサギやトゥンは古琉球から琉球王国、そして現在の沖縄県をつなぐ時空を越えた「場」ですが、そこには多くの場合公民館が設置されています。「民族の魂」とも言える場に公民館を同居させるところに沖縄の人々のアイデンティティを希求する心を感じることができますね。神アサギやトゥンは、旧来「祭祀施設」の意味を併せ持つ公共空間でしたが、琉球固有信仰の衰退もありましょうか、現代的な用途をさらに付加させて存在させる例が散見できます。「なくさない」という意志を確かに感じるのです。神アサギやトゥンには主として固有信仰に用いる建物もあり、これにヤマト(本土)化の象徴とも言える「鳥居」を付加する例もありますが、私見として、それはかつての台湾神宮、朝鮮神宮のように違和感を感じざるをえないものです。鳥居があるからといって、神アサギやトゥンがヤマトの神社と同じと考えるのは早急に過ぎ、神アサギやトゥンが多様性ある公共空間であることの意味を消失させてしまうものです。ウチナーンチュは自らのためにも、あれは神社ではなく、神アサギ・トゥンだと言い張ってほしいところです。

こうした神アサギ・トゥン研究は研究資金が尽き、据え置きの状態になってしまいましたが、近年のうちに復活させることができるでしょう。下調べとして、沖縄(琉球大学)で開催された学会の折に、ぐるりとやんばるを回り、国頭村の現況だけは確認できています。

さて、渋川中央公民館の皆様にはいろいろと提案を申し上げ、またご提案をいただきましたが、今年はさらに公民館に入らせていただき、上武の学生のみならず、さまざまな主体との協働を模索していきたいと思います。多様性こそ公民館の強みなのです。

「渋川の中央公民館はなんであんなにいろんなとこからいろんな人がくるんかね?」

このように評価されることに力を尽くしたいと思います。



画像 上は沖縄県国頭村安田の神アサギ(左)と公民館(右) 下は中央公民館4階からの眺め