2019年6月28日金曜日

会って得るもの過ごして得るもの in 福岡

福岡へのフィールドワークは8月以来4回目。

来るたびにいいまちだなと思います。まちのスケール感や機能は東京とほとんど変わらないのに、人口の規模が適切で、まちに人があふれないという…

たとえば、歩行者用道路。
東京では他の歩行者の邪魔になってしまうような、カップルが手をつないで歩くことも楽々できるようなゆとりが福岡にはありますね。

さて、九州大学伊都キャンパスで活動する日本語教室で、若い世代とともに、ご挨拶と聞き取り、活動状況を拝見しましたが、これが共著書にとりまとめる最後の内容になりましょう。充実の思いとともに、くれなずむ伊都キャンパスをあとに。

伊都キャンパス内


今回は福岡県の東南アジア、とりわけタイへの熱視線を確認する調査で、県庁にて存分にそれを確認できました。商工部新事業支援課ではことのほか親切にインタビューに答えていただき、福岡県のバンコク事務所への足がかりを得ることができました。詳細はバンコク事務所で聞いた方がよいと。

福岡県庁

東公園内から県庁を見守る亀山上皇
元寇時に元軍の覆滅・降伏を祈った

また、福岡市よかトピアにも来訪し、留学生に関わる事業の状況について、昨年とは異なる角度で(昨年のインタビュアーは同僚教員)お話を伺うことができました。特に、ミャンマーとマレーシアの状況について。

いずれも共著書に反映できることができ、かつその先にある内容でした。
帰り道、中洲川端駅までの道筋をたどっていたら、わんこが気持ちよさそうに寝ていました。福岡県の都心にあってのどかな時間が流れていましたよ。

川端の商店街は、博多祇園山笠が7月1日に迫っているということもあって、法被に身を固めた町衆が三々五々往来していました。

寝そべるわんこ

想い出し、促されて櫛田神社に。

昨年、先輩教員たちと調査に来たときに共著の成功を祈って願掛けをしたのです。そのことを改めてお願いに。あわせてこれからのご縁をもお願いに。

櫛田神社境内 紫の花弁が涼しげに

福岡・博多を代表するまつり・博多祇園山笠の直前で、境内には舞台が組まれ、この熱がまちに溢れ出ているように感じました博多に縁深き神社ですからね。

よいひとにめぐり会うことができれば、よい調査旅行になるのは当たり前なのですが、それでも、その方のお心とわが心が「直ぐ」でなければ響き合えないものです。言葉を交わし、目を見つめ、全身から発される何かを得るためにお目にかかりに伺っています。メールや電話じゃだめなんです。その方を拝見し、僕を見てもらわなければ。

フィールドワークでお目にかかることの意義は、人格の相互理解、その時間と空間の(想い出も含めての)共有なのだと思います。人は何を語らずとも情報を発信しています。言葉と合わせて五感でその人を感じ取り、その人を理解することが肝要で、今回、福岡で確かな感触を得ることができたように思います。

それを積み重ね、縦横に織り込みながら、ひととのつながりを確かなものにし、課題に対するこたえをさがしてゆく、それが僕のスタンスです。長期にわたる調査においてはもちろんですが、期間が短いなら短いなりに、僕はその濃度を大切にしたいと思っています。

効率的な研究遂行のためには省かれてしまう過程ですが、今後も自分の大切にする手法を守っていこうと思います。研究だけでなく、ひととの関わりにおいても同じことがいえますね。

LOVE & PEACE

2019年6月26日水曜日

ジュニア(2020)のデビュー

今日は4人、来年度ジュニア(junior=3年生)に上がる若武者たちを引き連れ、区内の日本語ボランティアの方々が主催する日本語教室へ。

行く前に研究室で簡単なブリーフィングを済ませ、電車の中で緊張をほぐし、西新井駅に降りたのは初めてだというので、区内有数のインターナショナルな空間、エンブレム・ホステルを案内。

カフェ(エンブレムホステル公式サイト)

次いで目的のギャラクシティに。

ギャラクシティ受付(公式サイト)

ギャラクシティとは足立区の誇る「遊びながら学べる、体験型複合施設」です。ここで日本語教室が開催されているのですが、今日はその活動へ学生を導きます。

4人のイケメンの登場に会員の皆さま、お喜びいただけたようですが、何よりも喜んだのは外国人居住者と親しくコミュニケーションを重ねるという非日常的な経験をした若武者たちでした。

4人、しょうへい、TSUBASA、しゅーと、I、それぞれを見ていると、フットワークも、言葉も柔らかに、指導者と学習者の間に入り込んでいきます。いいなあ!センスあるよ!


若武者のデビュー戦
コミュニケーション能力の高さ!

僕は自分が主宰しなければならない委員会のために早々にお暇させていただきましたが、学生たちは残って最後まで活動。LINEで口々に「楽しかった」との報告が。第1次的な接触は成功したようですね。頼もしく、愛すべき学生たち。来年、我が研究室に何人来るかな?

自分が全力で支援しなければならない存在が、ここ(大学)にいることを改めて認識させてくれた4人の活動でした。

2019年6月23日日曜日

みらいおこし・日本茶完売で国産鰻を食す

さすが経営領域の学生たちですね

仕入れ数量、価格設定、最も難しい<胡椒味>の販売方法、


日本茶とは思えない「かわいい」パッケージ
「かわいい」が消費を引っ張りました

定番のみらいおこし
販売に最も苦戦する胡椒味の在庫が多く学生も苦悩

いずれも話し合い、話し合い、話し合い、熟議の結果の結論として数値を出し、
ハプニングで当日参加できない学生がでるなかでも、完売。
全員が国産鰻重の<松>を肝吸い付きで食べることができるくらいの利益を出すことができました笑

学生が考え出したのは、辛みの強い胡椒味に合わせるお茶とのセット販売。ここでいつもお世話になっている<茶匠おくむら園>さんとコラボ。

既成のお茶ではありませんぞ。
黒胡椒の辛みに合うお茶を目指し、学生が試飲しながら、日本茶マイスターの奥村さんの手によってオリジナルなブレンドに仕上げてもらい、それを前掲のかわいいパッケージに詰めて販売したのです。お茶は即日完売。

2日目の朝、奥村さんとこの企画を引っ張った学生・シュンシュンとでお茶のパッケージ詰めをして在庫をそろえ、この日も午前中で完売となったのです。みらいおこしは学祭終了1時間前には完売しました。

すごいよ、君たち。

さりげない気遣いとチームワークで当初の目標だった「完売して利益を出す」ことを達成し、今後のゼミのフレームができあがったような気がします。

素晴らしき2日間でした。

本日は沖縄慰霊の日

沖縄戦で斃れたすべての御霊のご冥福をお祈りいたします。

沖縄におけるコミュニティ研究で、中南部集落における一家全滅率の高さ(南に行けば行くほど)に驚いたことがあります。

軍はほんとうに民衆を守るのか。
僕の中に根本的な疑問が芽生えていったのはその頃のことです。

6月23日は旧日本軍が組織的な戦闘を終えた日に過ぎず(牛島司令官の自決)、それとは別に、首里から潰走して南下する過程でさまざまな悲劇が生じたことは多くの記録の示すところです。降伏文書の署名は9月7日ですから、その間に起きたことも含めなければならないということで、慰霊の日を6月23日することについては異論も提起されています。このことは銘記するべきでしょう。

教科書やプロパガンダが沖縄戦の実相を歪めたとしても、長寿県沖縄ではおじい・おばあから口伝で直接聞けるんですね。

あのとき、どうだったのかと。

フィールドワークで調査対象についてインタビューをしていても、ヤマトンチュ(内地人)に対して溢れる思いがあるのでしょうね、いつしか話は沖縄戦に及ぶことがほとんどでした。子や孫にも多くのことが伝えられているでしょう。

そうした人びとの衆人環視の中で内閣総理大臣は言葉を発するわけですが…
命(ぬち)どぅ宝<命こそ宝> この言葉の重みを知れ

2019年6月22日土曜日

タピってみた

今日、明日と本学は学祭。
学生も楽しそう。

「担任」として縁あるクラスがタピオカを売るというので、さっそく僕もタピってみました。200円で販売中です。



ミルクティは発売開始10分で即売に近い状態だというので、すぐに出せるというカルピスを購入。まあまあ「美味しい」と書いておきましょう笑

で、うちのゼミ。

真面目に準備してるかなと思いきや

声をかけると↓

地域に入っていくコミュニティ研究はノリこそ命という一面を持ちますが、この明るさは才能の1つ。みんなすくすく育ってね。


みらいおこしは各味350円、茶匠おくむら園のお茶は小100円、大400円で販売しています。



2019年6月21日金曜日

添削を終える

深夜まで添削。


まあ仕方ないよね。と思いつつもこれは薄給に過ぎるなと嘆きを入れつつ。
愛用の文豪シリーズのスタンプ。いつでもどこでも朱入れのためのLUMMYのサファリ・イエロー。鮮烈な、そして色褪せないイエロー。リーズナブルな価格なので、何本も持っています。

Miles Davis 「死刑台のエレベーター」を聴きだすとちょうど丑三つ時。この時間のこの曲はどこかで地獄への扉が開くような感覚を覚えます。


書斎にいるふわふわはスヤスヤ寝ており、


カラスのように黒い子はごはんのおねだりかと思いきや「遊ぼうよ」でした。
最近、座り姿がとても美しい子になったと感じます。三車線道路の中央分離帯で車が行き交うなか大きな声で泣き喚いたところを保護した子です。

夜、こうして猫といると、作家が猫を愛するのがわかるような気がします。それは深更に及ぶ書き物にもかかわらず、遊んだり、遊んでもらったり、一緒に過ごしてくれる、そういう子たちだからです。その誠実さ。本人たちは微塵も意識していないでしょうけれど。

人の場合、たとえば、電話するよと言ってもしなかったり、一緒にと言っておきながらそうしなかったり、ロゴスを得たばかりに人は人に対する不信をいとも容易に撒き散らすことに。我が身を省みても。

さて、そうこうしているうちに添削を終えることができました。
この「死刑台のエレベーター」をすべて聴き終えたら寝ることにしましょう。

明日もHard Workが続きます。

でも、向こうに、長く続いたトンネルが果てるその光が見えてきています。

2019年6月20日木曜日

研究室学生によるTwitterアカウントが始動しています

下記のリンク先を覗いてみてください。
学生へのご指導を今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

https://twitter.com/morimorisemi

ゼミ、その前後、その他の研究室の活動について学生の目線でのtweetです。森下研究室は今日もアクティヴに調査・研究・活動しています!



最近買ったピカチュウのスタンプです

2019年6月19日水曜日

教員の仕事の持つ演劇性について

あまり告白したくないのですが…笑
文章に関する講義を担当しています。いわゆる初年次教育です。

論文書きですから、まあまあ文章にはうるさい方なんでしょうけど。この科目の履修者対象のアンケートが自分の専門科目以上に好評なのはどうかと思います。でもとても嬉しいことですね。

自由記述欄いわく、
・解説がわかりやすいです。
・授業が面白かった。
・先生がユーモアのある人で授業が面白い。
・一般知識として役立つ。
・時間に余裕をもって丁寧に優しく説明してくれるのでありがたいです。
・心理学には関係ないかもしれないけれど将来すごく役立つ内容でいいなと思う。

うーむ、素晴らしい。誰の講義だと首をひねりたくなりますね。
しかし、ここで慢心は禁物。もっと良い講義の方法があるはずと毎年探しています。

でも最も肝心なことは履修者の反応を見て内容を決定することなんですよね。

場が冷えたら温める、冷え込みすぎたら沸かせる、熱しすぎたら冷ます、圧したら引く、引いたら押す、こみいった話をしたらくだけた話を織り込む。

その場を感じ取って言葉を選び、履修者の感受性に合わせてそれを放ち、板書やスライドの文字と効果的に組み合わせて、全身で表現することこそが講義(授業)の要諦です。

日本語を表現するという講義だからこそ、それを縦横無尽にできるのかもしれませんね。
専門科目だと「教えなければならないこと」にこだわりすぎてしまうのでしょうかね。

今日の講義では、ウチの猫が偶然スライドに映ってしまい、保護したいきさつから、猫とのコミュニケーション、動物愛護法、肉食の環境負荷、猫好きの漱石の話にまで及んでしまいました。漱石門下の寺田寅彦の話につなげたいという意図もあったのですが、まあ履修者すなわち聴衆がいま関知したいものに沿って、こちらの渡したいものを提供する「流れ」以外の何物でもないですね。最終的に、寺田寅彦の随筆を読んでそれを要約するという課題で答案を提出させたのですが、猫がスライドに映ったのは偶然なのか計画なのかはヒ・ミ・ツです。

教員は<演者、易者、医者>でなければならないと恩師に教わりましたが、教員の仕事の演劇性はそのあたりにあるような気がします。

だからといっては何ですが、演者なのに「流れ」(文脈と言い換えてもいいかな)がわからなかったり、相手の言葉や場を感じ取ることのできない柔軟さに欠ける何かを見ると……WOOMな気持ちになってしまうのです。

ゴフマンは我がパフォーマンスに
示唆を与え続けてくれています

2019年6月17日月曜日

SGEMへのAbstract投稿を終えました

さてさて、いつも自転車操業。
あるいはマグロな人生。ゴロッと市場に横たわるマグロのように寝ているだけか、泳ぎ続けていないと死んでしまうのか、double meaning

〆切当日にエントリなんて朝飯前。というより、よくやるよっていう感じです。

SGEMは通称でありまして、正しくは“International Multidisciplinary Scientific Conference on SOCIAL SCIENCES and ARTS SGEM2019”。社会科学と芸術なんて面白い組み合わせですよね。

でも、政治学と工学(建築計画学)を修めた僕にとっては願ってもない学会なんです。これ、大学時代の後輩にして先輩研究者が見つけてきてくれたのですが、なんとも意義深いということでエントリしました。

さて、東欧の地に降り立つことができるのか、まだフルペーパーの提出が残っているのでなんともいえませんが、やれるだけのことはしてみようと思います。

風に揺れる緑の美しい爽やかな日でした。

2019年6月16日日曜日

政治における主体性の回復

本日、政治学講義の収録を終え、晴れ晴れとした気分で蕎麦を喰い終えました。昨日の余韻をまといながら。



この講義のよいところは、政治学の全体を俯瞰する講義なので、自らの専門としてフォーカスしている一点について、<全体ー部分>の関係を見直せたり、思わぬつながりを発見できたりするところにあります。おかげさまで楽しく講義をすることができました。

今回の講義でも「政治的有効性感覚」について、普段は自覚し得ぬ、視野を開くことができました。いま、私が携わっている区・NPOとの協働事業は若い世代の政治的有効性感覚の回復のためでもあることを確かめることができたように思います。

蕎麦を食べた後は、3月の社会調査の追加調査へ。充実したインタビューを終え、再会を約して家路につきました。

家に帰れば帰ったで原稿を書かなければならないのですが、最近の原稿の友はこのアルバム。フジコ・ヘミングに癒やされています。

「憂愁のノクターン」

2019年6月13日木曜日

フィールドワーク in 茶匠おくむら園

本日のゼミ(3年生)はフィールドワーク。
関三商店街にある茶匠おくむら園で学祭に出すお茶の試飲をしながら。

由緒ありげな茶釜

研究室のフィールドワークの方法論として、前任校で確立した手法を踏襲しています。「なかふみ」です。前任校の学部長が命名してくれたものなので、大切に使っています。

「な」は「なじむ」、調査地における全面的受容の段階です。どっぷり浸かって調査地におけるすべてを受容する過程です。どんなものだろうが、いったん口に入れてみろ、味わってみろということですね。私自身がこの調査対象地になじんでいった過程を追体験させることが今回のFWの主旨です。


玄米茶をブレンドしています。

インタビューの実習も予定していたのですが、現地の事情にて変更。フィールドワークとはそのようなものです。

大学への帰途、荒川土手が夏らしく。


研究室に戻って2件ほどキャリア・カウンセリングをこなし、4年ゼミ。
研究テーマの確認と夏休み前の中間発表へ向けてのアドバイス。特に調査地の選択と調査の方法については念入りに。

講義「地域連携」とその質問を数件こなして、18時からは足立区・NPOを交え、抱えている事業についての今年度のすりあわせ。終わって20時過ぎ。

これから原稿を書いて、添削をするという…慌ただしいなあ!

2019年6月12日水曜日

共著・教科書、足立の章終わる

青空が見えて少しだけ気持ちのよい東京下町です。

さて、共著の教科書ですが、「足立の章」と位置づけている章を書き上げました。

足立区の多文化共生政策に絡めて、基本的なテクニカル・タームを差し込んでいくのですが、ページが限られているだけに難しいものです。前章で先輩教員・研究者が多文化共生に関しては先進的な自治体を扱っているので、「うぅむ」と唸ってしまいながらの執筆進行でした。

本日、心の痛むことがありました。
同僚とともにこの困難をともに乗り切ろうよ、支えようよということを確認し合いました。こうしたことをシェアできる仲間は頼もしく、またそれが「血」を分けた稲門出身であればなおのこと。同じ青春のひとときを、あのロータリーに座りながら過ごした仲間はやはり一生もの。

さて、もう1章書かなければならないのですが、ちょっと小休止。ブルガリアに向けて前進します。

下町の守護神のように
今日は晴れ間ものぞきました
@曳舟駅

2019年6月11日火曜日

講義も後半戦

各講義、第8回を終えて後半に入りました。

でもまだ夏休みが見えないですね。。。はー

荒野を拓くようなFW(フィールドワーク)行きてえという気持ちは入道雲

鬱陶しい梅雨空が続いている東京下町です

なんだかんだでランドマークになってるウチの大学の時計塔
出よ!太陽 請う!ピーカン

2019年6月8日土曜日

講義「生きた証をひととまちの記憶に残す」

桐生市高齢者大学での講義内容の一部を掲載します。





これらをいかなるレトリックを用いて語るか。



講義で用いるテクニカルタームの定義。



同じく。

ここまでで前半終了。
講義全体で使うテクニカルタームを紹介していったので、多少小難しい感は否めませんが、高齢者「大学」ですから勉強してもらわんと、ですね。

後半はコミュニティ・デザインの実践紹介なので、興味深く聴いていただけたようです。



この内容は昨年の地域マネジメント学会で報告した内容です。



文化資本については、現在、最も関心のある問題かな。
子どもの文化資本の充実に、高齢者の方に「余暇人」「市民」としての役割を充ててくれないかというお願いをして、それが「桐生モデル」になるよ、と。それが人の記憶に残すことであり…



地域資源を語ることができるのは皆さんなんですよと。



Webを通じて「生きた証」をまちの記憶に刻むこともできますということをお伝えした後、ラストは渋川での実践を紹介してクローズ。


高齢者の皆さんの「今」は「余生」ではない。
次世代に「生きた証」を伝えるためにモチベーション上げていきましょう!

雨にもかかわらず、150人ほどの受講者が来場されていました。活発な質疑応答の後、受講生の方に楽屋を訪れていただいて「来年も来なよ」と激励のお言葉をもらったりして、幸せなひとときでしたよ。

ヴ=ナロード(в народ

桐生市の皆さん、ありがとうございました。

また来年、機会がありましたら参ります。

2019年6月7日金曜日

桐生、美しいまち

さて、本日は桐生市にお招きいただき、高齢者大学で講義を担当いたしました。

テーマは「生きた証をひととまちの記憶に残す」というものなのですが、僕にとってはこれまで群馬・足立でしてきたことの確認と部分開示といった意義を持つものでした。この機会を頂戴した桐生市中央公民館館長ならびに高齢者大学担当職員の皆さまに感謝申し上げます。

桐生は織都千年の歴史あるまち。上武大学森下研究室の卒業生が暮らすまち。

この幟旗が好き

でも、織物だけでなく、ひとの心遣いが美しいまちなんです。
雨音を聴きながら、電車が来るまでの静けさという贅沢を楽しんでいます。



たなびく靄の美しさよ

2019年6月6日木曜日

学祭のゼミ出店

(株)篠原製菓+東京未来大学のコラボ商品「みらいおこし」を売ります。

鰻のたれ味、甘酒味、黒こしょう味、各350円での販売です。

加えて、関原三丁目商店街の名店・茶匠おくむら園のお茶も出します。この季節に「みらいおこし」に合うお茶の味を探して出しますので、これは未来祭オリジナルの風味になります。ご期待ください。

まだありますぞ。
しまや出版さんと研究室の学生との商品開発(仮称)「ほめるカードゲーム」も登場します。しまや出版さんは足立区が誇る同人誌印刷の企業です。

さらに、足立区の紙文化をリードする「紙ものラボ」との新商品開発、が進みそうでしたが未来祭出展は学内手続の関係で断念。ゴールを今年の秋に予定される紙ものフェスに設定し直し、進めることにします。

これまでの協働・協創の成果を示していこうと思います。

自由なる精神の群れ
自分がそうであったように
学生のためにそうした環境を調えたい

2019年6月3日月曜日

貧困なる文化資本

社会学の講義で文化資本を扱ったのですが、果たして学生の蓄積はどれくらい?と試してみたところ、惨憺たる結果でした。

この結果は彼らだけの責任ではないことは明らかだなと感じました。さまざまな局面で余裕がなくなっている兆しにも感じ取れました。

引率して美術館でも行きますかね。


2019年6月2日日曜日

iPadが壊れ、御仏に会う

iPadの挙動がおかしいので、本日予定されていた収録講義を途中で引き上げてきました。

全部終わろうが、途中で終わろうが、食べるものは食べるということで、蕎麦。

卵焼きも絶品

この店には思い入れがあるのですが、知己がかつて働いていたということを知り、思い入れが深くなりました。

その後すぐに帰宅してiPadをあれこれいじったのですが、通常の動きに戻らないので放置。えいやぁっとばかりに、家を出て国立東京博物館に。東寺の御仏がいらっしゃっているのになかなか参れずにいたので、ハードトラブルで早退したのを奇貨として、いざ上野へ。今日が展示の最終日だったのです。

このポスターが迎えてくれます

内容は、圧巻でした。
持国天の御姿の美しさ、地蔵菩薩の穏やかなお顔、そして不動明王を守る四明王。数十分間、立ち尽くし、見とれていました。

帝釈天像

拝観の後、東京文化会館のオープンカフェで西洋美術館と上野公園の新緑を眺めながら憩い、たっぷり癒やされました。ル・コルビュジェの国立西洋美術館とその弟子・前川國男の東京文化会館が隣り合っていること、それを思うたび、胸が高鳴ります。この師弟のありかた、いいなあと。

帰りは池之端の伊豆栄で幕ノ内弁当を食べて帰宅。

「全然研究室ブログではないじゃないか」ですと?

担当している社会科・公民科指導法で実物教材をどのように扱うか、博物館見学を予定しているので、その下見ですよ!遊びに見えるかも知れませんが、すべては仕事なのです。私の関心のありか、探求、知的好奇心がそのまま仕事になります。

そのような仕事をしています。

2019年6月1日土曜日

情報のバイアスによる判断の誤り

同僚教員から、トルコ・リラへの投資を考えているのだが、と相談を受けました。

私はトルコの専門家でも何でもありませんが、常識的な地政学的リスクを考え、またエルドアンのトルコを危なっかしく見ていたので「やめたほうがいいんじゃないですか」と答えました。トルコにいるかつての教え子に連絡を取ることも考えましたが、投資話はそこまで本気ではないだろうと思って、放り出したままにしておきました。

そうすると、案の定というか、トルコがロシア製兵器購入を巡ってアメリカと深刻な対立にあるとの報道が入りました。おそらく現地では皮膚感覚としてキャッチできる情報なのでしょうが、遠く離れた極東の島国ではわからないですよね。たくさんのトルコ情報を集めすぎ、同僚は判断不能に陥ってしまったようです。

こうした情報のバイアスに陥ると誤った投資判断をしてしまいがちですね。私も最近、それに似た経験をしました。私の場合は偏った情報を与えられたことによる判断ミスですが。地域連携の現場ではいろいろな話が持ち込まれます。

それはこんなケースでした。
将来的に地元に帰って子どもたちの居場所をつくりたい、今は演劇などに打ち込んでいるが、そうしたパフォーマンスを子どもたちの居場所づくりに活かしたい…いかにも私の専門とするところに近いわけで、これは応援してあげなければとの思いが募りました。

ところが実際には、それとはまったく方向性の異なる活動をされていて、たとえば子どもの居場所を作ろうにも、保護者としては任せることができないようなことにも手を出していらっしゃる。となると、なかなか難しいですね。キャリアには準備が必要ですし、信用もまた資産ですから。

情報にバイアスがかかっていることを早々に把握したから良かったものの、このままいったら関わりある人々に大変なご迷惑をかけてしまいかねないところでした。

私からそのことを問われて、自分のしたいようにすることがいけないのかという旨のご返答をいただきましたが、自分のしたいようにする、なりたい自分に自分を近づけることは素晴らしいと思います。

一方で人は社会的生物ですから、さまざまな人と関わりを持ちながら生きています。

その関わりにネガティヴな影響を及ぼすのであれば、その自己実現の手法については「難あり」の可能性があり、強行するならせっかく築いたこれまでのつながりが損なわれるかもしれません。

顧みて、研究室の4年生たちは、さまざまな葛藤のなかで「社会の中の自己」に目覚め、遅まきながら就活を頑張っています。ひとりはコンクリートのビルの中で仕事をするよりも森の中で生きることを望む学生であり、もうひとりは現代日本の就職活動に根本的な疑問を持って自分らしいあり方を模索している学生です。

彼らが「自分がしたいようにする」ならば就活はしなかったでしょう。

しかし、社会やその他の人々に連なる自己を考えたとき、それから自分に求められることと、可能な限り自分らしい自分であることとの間のバランスを上手に取ることができたのだと思います。このうち一人は、先週、内定をいただいてきました。今週はそのお祝いの会(森下主催、何食べたい?竜ちゃん)があり、まだ内定を取れていない学生も福を移し分けてもらうために参加してくれるようです。

まことに教員冥利に尽きる日々を送らせてくれる学生たちに感謝しています。