日本比較文化学会で、沖縄における梵字碑と固有信仰とについて発表して参りました。
当日は他用もあって慌ただしいなかでの学会であり、いろいろな方にご迷惑をおかけしながら支えられての発表となりました。先輩教員の皆さまに心から感謝申し上げます。
梵字碑は日本各地にあるものなのですが、沖縄にある梵字は格別です。
なぜか。
沖縄は日本本土とはまったく異なった仏教受容をしているからです。
仏教伝来といえば、日本史では538年というのが通説だったかと思います。
琉球史では、仏教伝来は13世紀後半です。、禅鑑という名の僧侶(禅宗)が咸淳(「かんじゅん」と読みます)年間に那覇に漂着して…というのが通説です。
その歴史が全然違うんですね。13世紀後半といったら本土では鎌倉時代が始まっており、いわゆる「鎌倉仏教」が興ってきます。
当初は琉球王家が保護して上層の人びとに広まっていき、一般民衆にはほどよくしか広がらなかったようです、観音信仰や弁財天信仰などの拡がりもあったようですが、仏教の教理まで理解が進んでいたかどうかは不明です。「極楽浄土」という概念も。
そうした仏教受容をした琉球・沖縄に近世期以前の梵字碑がある。いまでも礼拝の対象になっている梵字碑も。この事実に着目しました。
この発表は端緒に過ぎません。深めていこうと思います。
私は主に足立区のまちづくりに従事していますが、こうしたコミュニティの原点を探る研究もしています。それは今の自分の原点を探る旅でもあります。